『熟柿』佐藤正午/著▷「2026年本屋大賞」ノミネート作を担当編集者が全力PR

〝一生もの〟の読書をしたい方へ
『熟柿』は前任の担当編集者たちが毎年佐藤正午さんの住む佐世保へ足を運んで、年に1回というスパンで原稿をいただき、9年もの歳月を経て単行本になりました。
自分が『熟柿』チームに加わったのは最後の1年、物語の終盤に差し掛かってからでした。文芸編集部に異動してきたばかりの自分の感想や拙い意見も聞いてくださったことに感動しました。いただいた最終章の原稿を読んだとき、「これはとんでもない小説だ」と鳥肌がたったのを今でも鮮明に思い出します。
装丁家の鈴木成一さんからいただいたデザインラフを見てその美しさに惚れ惚れとする一方で、見たことのないぐらい余白の多いデザインに「あまりに白すぎるのではないか」と少し不安になったのですが、「これでいこう」と編集長が即断。いま考えればこれ以外には考えられない装丁だったと思います。
刊行直後から書店員や書評家など多くの人が本作の素晴らしさを広めてくださった結果、このたび本屋大賞にノミネートされることになりました。ありがとうございました。
主人公のかおりは、激しい雨の降る夜に轢き逃げ事故を起こしてしまいます。服役中に出産した息子・拓への募る思いを抑えきれず、出所後に園児連れ去り事件を起こした彼女は我が子との接見を禁じられます。過去を隠して追われるように西へ西へと流浪する日々は、つらいはずなのに淡々としていて、まるで終わりのない罰を受けているかのようです。小説のどの場面をとっても緊張感に満ちていて、読者はかおりの行く末から目が離せなくなるはずです。それにしても、一人の女性のつらい流浪の日々がどうしてここまで読ませるのか、改めて佐藤正午さんの文章がもつ力に打たれます。
最後にタイトルについても一言。「熟柿」とは読んで字のごとく、熟れた柿のことを言います。熟柿は物語の序盤、皆から嫌われていた「晴子叔母さん」という人物が真夜中にジュルジュルと啜っていたという不気味なエピソードのモチーフとして登場します。しかし物語の終盤ではそんな熟柿の持つ意味が反転する、まるで魔法のような瞬間が描かれます。この場面を読んだ時、小説が好きでよかった!と心から思いました。一生ものの読書をしたい方はぜひ『熟柿』を手に取ってください。小説でしか味わうことができない感動が待っているはずです。

──KADOKAWA文芸局単行本編集部 阿比留誠






