蝉谷めぐ実さん『見えるか保己一』*PickUPインタビュー*

蝉谷めぐ実さん『見えるか保己一』*PickUPインタビュー*
 小説 野性時代新人賞を受賞したデビュー作『化け者心中』で日本歴史時代作家協会賞新人賞と中山義秀文学賞も受賞、『おんなの女房』で野村胡堂文学賞と吉川英治文学新人賞を受賞、『万両役者の扇』で山田風太郎賞を受賞と、2020年のデビュー以来目覚ましい活躍をみせる蝉谷めぐ実さん。新作『見えるか保己一』で、はじめて実在の人物を主人公に選んだ。そのきっかけとは?
取材・文=瀧井朝世 撮影=浅野剛

 失明しながらも周囲の助けを得て偉大な功績を残した学者の物語、と聞いてあなたは真っ先にどんなイメージを抱くだろうか。いかにも偉人伝という内容か、それとも……。

「目が見えないのに偉業を成し遂げられたのは彼が聖人だったから、という書き方はしたくありませんでした。それだと、その人の人生を感動エピソードにして与えるだけになってしまう、と思いました」

 と、蝉谷めぐ実さん。2020年に『化け者心中』で小説 野性時代新人賞を受賞しデビューして以来数々の賞を受賞し、一昨年には『万両役者の扇』で山田風太郎賞受賞と快進撃をみせている気鋭の作家だ。これまで江戸の芝居小屋の世界を描いてきたが、新作『見えるか保己一』で新境地をひらいた。主人公は実在した江戸時代の国学者、はなわいちだ。

「『万両役者の扇』を書いた後、ちょっと歌舞伎から離れたものが書きたくなりまして。平安時代の小説はどうかと思い、十二単の着付けの教室に通うことにしたんです。最初の座学で〝平安時代の文献がこうして完璧な形で残っているのは、江戸時代のある学者が叢書を作ったからですよ〟というお話があり、塙保己一の名前が出て、〝この人は失明していたにもかかわらず偉業を成し遂げましたが、全然知られていないんです。誰か知らしめてくれる人がいたらいいのに〟と先生がおっしゃったんです。自分が小説家であることは言っていなかったので、心の中で、では私がやりましょう、と(笑)」

蝉谷めぐ実さん

 執筆前の編集者との打ち合わせでは、「いわゆる評伝小説にしたくはない」と伝えた。

「最初は保己一の人生を忠実に追うことも考えたのですが、それを私が書く意味はどこにあるんだろうと思って。『化け者心中』の時から書きたいのは人の〝人間〟の部分、感情の部分であって、実在の人物を書くにしてもその気持ちは変わりませんでした。保己一は一度自殺未遂をしているし、他の学者に反対されて『大日本史』編纂に参加できなかったという不運もありましたが、それ以外は弟子たちに助けられ、お上の庇護も受けて順風満帆な人生を送っています。私はその裏の部分、歴史や評伝に残らなかった〝人間〟の部分が分かるエピソードを中心に書きたいと思いました」

 武さし国保木野村に生まれ、5歳の頃の病の影響により7歳で失明した辰之助。彼は読み聞かせてもらった『太平記』を暗唱してみせるなど、子供の頃から非常に聡明だった。十代半ばで江戸に出て、当道座(男性視覚障碍者の職能組織)に入って鍼灸や按摩を学んだのち、師匠である雨富検校の許しを得て学問を志し、やがて塙保己一と名乗るようになる──。そんな生涯のいくつかの時期が描かれていく。各章、保己一の視点と第三者の視点が盛り込まれるのは、「両者の視点を入れることで、保己一と他の人たちとの世界の違い、感じ方の違いを書ければ、と思いました」と蝉谷さん。

 史実を大幅に改変することはせず、残された文献や資料だけでは分からない部分について、想像を膨らませていった。では、彼の生涯のどこを描き、誰を視点人物にするのか、どのように決めていったのか。

「たとえば、保己一の最初の妻は幼い娘を置いて出ていっているんです。いったいどうして? と思いますよね。弟子たちが残した保己一伝にも詳しくは載っていないので、そこを書きたいと思いました。弟子の金十郎も絶対に書きたいと思った人です。金十郎は保己一の娘と結婚し、数年後に離縁したんですが弟子としては残っています。それを知った時は、ちょっとドラマが溢れすぎてない? と思いました(笑)」

蝉谷めぐ実さん

 それぞれ、作中では意外な真相が明るみに出る。もちろん作者の創作ではあるが、説得力たっぷり。視点が変わるとまったく違う事情が浮かび上がる話運びや、人間心理の掘り下げ方が巧みだ。

 架空の人物も多く登場するが、そのなかでとりわけ存在感を増していくのは保己一の幼馴染み、輝明だ。

「最初、輝明は第一章にちょっと出てくる程度でした。でも、やや傲慢なところのある保己一に対等にパンチできる人間は誰だろうと考えた時に、これは輝明だな、と。それで、輝明の人生をもう1回ちゃんと追って、保己一に対してどういう思いがあるかを考えていきました」

 終盤に読者は、彼の人生にも思いをはせることになる。

 保己一がまとめた『群書類従』は実に600冊以上の一大叢書。さまざまな史書や文学、さらには寺社の社務日記などもおさめられており、日本文化の変遷が多方面から分かる貴重な資料となっている。保己一は弟子に文献を朗読させ、収録する書物の真実性を確認していったという。その労力も記憶力も、はかりしれない。

「保己一が子供の頃、『太平記』は40巻しかないから覚えるのは簡単だ、というようなことを言ったことや、弟子に文献を読ませて叢書を編んだことは史実です。だから、天才ではあったと思います。よくエンタメのドラマや漫画では、目が見えない人は人並み外れて嗅覚や聴覚に優れているように描かれますよね。私も第一章を書いていた段階では、保己一には常人には見えないものが見えていたから偉業を成し遂げた、というゴールを考えていました。でも書き進めていくうちに、目が見えないからこそ常人とは違う何かを持っている、という描き方は、自分が見たいようにしかその人を見ていない気がしてきて。そういう解釈は目が見える人間の傲慢さではないのかと考えるようになりました」

 だから、保己一の能力をことさら超人的に書くことはしないよう意識した。

「実際、弟子が残した保己一伝によると、彼は鍼や按摩が不器用だったそうです。弟子がそう思うのだから、たぶん、めちゃくちゃ不器用だったんだろうと思います(笑)。それに、晩年になっても文章の句読点を間違えて、弟子に指摘されて苛立つこともあったようです。そうしたことはさらっと書かれているだけなんですが、『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』(川内有緒著、集英社)といったノンフィクションを読むと、保己一の苦労がちょっとくっきりしてくる感触がありました」

 また、目の見えない彼を思いやっての言動が彼を傷つけることや、逆にあえて公平に接したがために理不尽な結果を導いてしまうことも。

「意図的ではない悪意というか、むしろ善意のつもりの行動が望ましくない結果を招いてしまうことは、今の時代でもたくさんあると思います。保己一と晴眼者の、見える見えないの違いはどうあがいても乗り越えられない部分なので、それに対して両者がどう思うかは、ちゃんと書いておきたかった」

 自分とは異なる状況の相手に対して、何が正しい気遣いなのかは、人によっても、時と場合によっても変わってくる、と実感させられる。

「逆に、保己一がみんなを和ませるために自虐的なことを言って、周囲がどう反応すればいいのか分からなくなることも。それと、保己一というと必ず出てくるエピソードがあって。『源氏物語』の講釈をしている最中に蠟燭の火が消えてしまい、慌てた弟子たちが状況を説明したら、保己一が〝目のある人は不便なものよ〟と笑った、という話です。私はそれを〝保己一すごいぜエピソード〟みたいなものだと思っていたんですけれど、今回の小説を書いているうちに、目が見えている人たちに何かしら思うことがあったからこそ出てきた言葉じゃないかな、と感じるようになりました」

蝉谷めぐ実さん

 では、目が見えない者同士、つまり当道座の人々との関係はどうだったのか。鍼や按摩の修業時代はその不器用さを周囲から呆れられていたものの、学者として大成してからはかつての師匠からも称えられていたようだが……。

「当道座の人たちは保己一を持ちあげているけれど、それによって保己一が弾き出されているように感じました。差別というのは誰かを貶めることだと思いがちだけれど、誰かを神格化して持ちあげることも、もしかしたら差別かなと思います」

 保己一側も、きんに執着する当道座の人々をどこかしら軽蔑していた部分があったのでは。本人は、書物以外には金をかけずに質素な生活を送っていたとの史実も残っている。

「当道座の人たちはお上の庇護を受けて高利貸しもしていました。彼らが晴眼者に対して唯一太刀打ちできるのが、お金だった。そこに保己一という異端な人間が現れたんです。天才と凡人という話にも通じますが、当道座の人たちにとって彼はしんどい存在だったと思います。それと、偉人と質素な生活が結びつくと美談にされがちですが、そういう生活を強いられた彼の妻はどうだったんだろう、とも思いました」

 また、当時、見世物小屋で芸人が不具者と同じ芸を習得したことで、不具者たちが仕事を失ってしまった、といった事実も盛り込まれる。のちに当道座の人々も鍼や按摩の仕事を晴眼者に奪われていくことを考えると、保己一の生涯を美談として消費するだけではなにかを見落としてしまう、と考えさせられる。そして最終章は──。

「自分はどのようにこの話を書いていくのかを詰めていくなかで、あの最終章に行きつきました。第一章を書いた自分へのパンチというか、反逆のような気持ちもありました。五章まで書き続けていたことで第六章を書く頃には保己一になりきっていたので、噛みついてやろう、みたいな気持ちになっていました」

 第六章を読めば、著者の「主人公を聖人化したくない」という言葉は、主人公の人間臭さや卑しい部分も隠さず描くというよりも、「主人公を聖人化することへのアンチテーゼをこめる」という意味だったのだ、とわかるはずだ。

 各章のタイトルページにも目が留まる。たとえば第一章のタイトル「むしの子」は、「虫の子」とも「霧視の子」とも読めるデザインが施されている。他の章タイトルも二通りの解釈ができる言葉が選ばれ、漢字表記がなければ意味が受け取りにくい。作中、朗読者が間違って読み聞かせたことで、保己一自身が間違えたとみなされる場面があるが、耳で聞くだけではそうした齟齬が生じやすいと、端的に分かる。

「書きながら、書物というのはどこまでいっても目が見える人のものになってしまっているな、という実感がありました。保己一を主人公に書いたからには自分も責任を負わないといけないと思い、こうした章タイトルにしました。それと、KADOKAWAさんに無理を言って、紙の書籍や電子書籍と同じタイミングでオーディオブック(Audible)も発売してもらうことにしました」

蝉谷めぐ実さん

 書きながら気づいたこと、発見したことを作品に反映させていくところに、真摯な姿勢がうかがえる。さて、新境地をひらいた今、次はどんな作品を考えているのか。

「今回、歌舞伎から離れて、しかも史実にある人を書けたことで、自分にはもっともっと書けるものがあるんじゃないかな、という気持ちになりました。この先、現代小説を書いてみようかなとか、もう1回歌舞伎に帰ってみようかなとか、いろいろな道ができた気がします」

見えるか保己一

『見えるか保己一』
蝉谷めぐ実=著
KADOKAWA

蝉谷めぐ実(せみたに・めぐみ)
1992年大阪府生まれ。早稲田大学文学部卒業。2020年『化け者心中』で小説 野性時代新人賞を受賞し、デビュー。21年に同作で日本歴史時代作家協会賞新人賞、中山義秀文学賞を受賞。22年に刊行した『おんなの女房』で野村胡堂文学賞、吉川英治文学新人賞を受賞。24年『万両役者の扇』で山田風太郎賞を受賞。


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