特別対談 松浦弥太郎 × イモトアヤコ[第1回]

特別対談 松浦弥太郎 × イモトアヤコ[第一回]

 世界の津々浦々を駆けめぐり、苛酷なロケに果敢に挑む姿が共感を呼んでいるイモトアヤコさん。彼女がいまいちばん会いたいという松浦弥太郎さんに人生のこと、仕事のこと、コミュニケーションのことを訊くスペシャル対談が始まります。


松浦
そうです。(相手が)いなかったりする場合もあります。

イモト
あるでしょうね。

松浦
それはそれで良い。

イモト
ええっ? すごい。

松浦
あそこのコーヒー屋のおばさんに会いに行く、とか、そういうパターンが多いんです。顔を見に行く感じ。「わざわざ来ました」とは言わないんです。

目印は風船

イモト
そうそう、 わたし、松浦さんの本に出てくる、あの靴が欲しいんですよ。

松浦
「お客さんから友だちへ」の章に書いた、スペースシューズですね。ぜひ。早く行かないと。

 八十六歳の友だちがいる。サンフランシスコにいるマリーさんだ。
 マリーさんは伝統的な手法で歩きやすい靴を作っていて、雲の上を歩いているような靴として世界中で知られている。
 初めて靴を作ってもらった時、マリーさんは僕の手を握りながら言った。
「わたしとあなたの関係はこれからはじまるのよ。わたしの靴がこれからあなたの健康に役立ってもらいたい。だから、わたしはあなたと友だちになりたいの。あなたのことを知りたいからよ。友だちなら気軽になんでも話し合えるし喧嘩もできる。靴が出来上がるまではお客で、靴を渡してからは、あなたとわたしは友だちよ」
 その時のぴかぴかした笑顔が忘れられない。

(『伝わるちから』より)

 
イモト
ご年配なんですよね。

松浦
おばあちゃんは亡くなられて、息子のフランクさんは生きている。店はギリギリやっておられて。早く行かないといけません。

イモト
そうですよね。行きたい。サンフランシスコに。

松浦
あれを履くと、もうどこにでも行けるという感じ。

イモト
すごく欲しいんです。「あの靴、いいな!」って。

松浦
サンフランシスコから車で二時間ぐらい。半日かけて足型をつくって、後で送ってきてくれる。何もないところに一軒、ポツンと店があるんです。

イモト
行きたいなあ。

松浦
また、場所がわかりにくいんですよ。何もない所だから。車で行くと、いつも通り過ぎちゃうんですよ。

イモト
そんなにわかりにくいんですか。

松浦
大きなピーカンツリーの木があるんです。「そこを曲がりなさい」って。いつも間違えるから、最近は風船を括りつけて。

イモト
なんて素敵な目印。

松浦
風船のある所を右に曲がるんです。

イモト
うわあ、良いですね。良い道案内。

松浦
可愛いんですよ。

イモト
めっちゃ可愛い。

松浦
イモトさんに行ってもらいたいなあ。

イモト
めちゃくちゃ気になっているんです。コロナが落ち着いたら絶対行きます。

松浦
女の子用の靴が可愛い。ナウシカが履いているような靴なんですよ。

イモト
可愛い。うわあ、欲しい。絶対、行きます。

松浦
ぜひ。

避けないで違った角度から

イモト
どうしてもわたし、好き嫌いが出てしまう時があるんです。結構、好き嫌いが激しいのかも知れない。プライベートだったら、相手と距離を取る方法もありますよね。でも、お仕事の人だと、それは難しい。「好き嫌いで仕事をするもんじゃない」って、頭ではわかっているんですけど、どうしても、自分のなかの「ちっちゃいイモト」が、「イヤだイヤだ!」って駄々をこねる気がするんです。「どうしたら良いんだろう」って。そこを乗り越えるのがプロだとは思うんですけど、そんな時、松浦さんはどうされているのか、お訊きしたいです。

松浦
難しいですよねえ。

イモト
松浦さんには、好き嫌いってありますか。

松浦
嫌いというか、苦手なことはあります。嫌いにはならない。好きか苦手か。苦手はいっぱいありますね。

イモト
ありますか。

松浦
あります。でも、もしかして、自分がすごく困ったり、助けが必要だったりする時に、その人が助けてくれる人になるのかも知れない、そういう場合だって、あるじゃないですか。だから違った角度で見てみる。苦手だけど避ける必要はないかな、って思います。べつに、一年じゅう一緒にいるわけでもない。これまでの僕の経験でいくと、会うだけでもストレスを感じたり、会う前後にも、すごく考えてしまったりとかする苦手な人だとしても、長い時間を経ると、結果として「この人と出会って良かったな」って思うこと、意外とありますよ。

イモト
そうなんですか!

松浦
スーパーポジティブな考え方でいくと、それは自分にとって必要なこと。だから、あまり深く考えない。「深く考えない」というのは、意外に大事かな、って思います。出来事に関しては深く考えない。考えすぎると必ず問題が起きるんです。苦手なことをあまり考えない。なりゆきに任せてみる。委ねてみる。

イモト
委ねる……。委ねる……。たしかに! ああ、そうか。松浦さんもそうだし、わたしが見て出会ってきて「この人、素敵だな」って思った人もそうだし、考えてみれば皆、だいたい委ねているんですよね。飄々と、流れるように生きている。ああ、そうなのか!

イモトさんと松浦さん

松浦
そうそう。

イモト
ちょっと話が違うのかも知れませんが、今、思い出したのは「スラックライン」という綱渡りみたいな遊具のことです。何十メートルという高い「ハイライン」みたいなのをやる時、面白いんですよ、本当に「心身一体」というか。

松浦
うんうん。

イモト
心のちょっとのブレが、すごいブレになるんです。

松浦
はい。

イモト
その揺れを、止めようとか、無理に反対方向に行こうとかすると、もっともっと揺れるんですよね。講師曰く「揺れたら、その揺れに身体を任せなさい」。すると、本当にだんだんと収まってくる。「ああ、これ、人生だ!」と思いました。

松浦
まさにそれ。僕も今「それだ!」と思った。

イモト
起こったことに反応はするけど、それをどうにか自分で変えようと思うと裏目に出る。たしかに、人生もそうなのかな、って、ちょっと思いました。

松浦
僕も、「あ、苦手だな」「ストレス感じているな」と思うと、いつも以上にリラックスしようと思っています。いつも以上に自分をユルくする、というのかな。そうすると、「ま、どうってことない」と。

イモト
へえ!

松浦
力を抜く感じ。

イモト
どうしようもないことってあるかもしれない。だから「受け容れる」に近いのでしょうか。

松浦
そう、まさに「受け容れる」。もっとも、苦手なことを得意にする必要はあんまりないのですけどね。

イモト
確かに。

松浦
人に関して言うと、「苦手」が「嫌い」になっちゃうのは辛いんですよ。

イモト
ふふふ。あるー。

松浦
ありますか。

イモト
あります。あははは。

松浦
そこは、耳を塞いで、あまり情報を入れないように、嫌いにならないようにする。苦手でも、嫌いにはならないように。その感じは守らないといけないな、って思います。
 


松浦弥太郎(まつうら・やたろう)
1965年、東京都生まれ。エッセイスト。クリエイティブディレクター。(株)おいしい健康・共同CEO。「くらしのきほん」主宰。COW BOOKS代表。著書に『着るもののきほん100』『今日もていねいに。』『即答力』『泣きたくなったあなたへ』ほか多数。『伝わるちから』は幅広い読者の共感を呼んでいる。

伝わるちから

『伝わるちから』
松浦弥太郎/著
小学館文庫

イモトアヤコ(いもと・あやこ)
1986年、鳥取県生まれ。2007年から日本テレビ『世界の果てまでイッテQ!』に出演。TBSラジオ『イモトアヤコのすっぴんしゃん』ではパーソナリティーを務める。ドラマ、舞台など俳優業にも活躍の場を広げる。2020年、初のエッセイ集『棚からつぶ貝』を上梓。

棚からつぶ貝

『棚からつぶ貝』
イモトアヤコ/著
文藝春秋

特別対談 松浦弥太郎 × イモトアヤコ[第1回]

(構成/加賀直樹 撮影/田中麻以)
(ヘア/赤間賢次郎 メイク/久保田直美)
「本の窓」2021年5月号掲載〉

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