夏川草介『新章 神様のカルテ』× 長月天音『ほどなく、お別れです』スペシャル対談
人は生死の境界線をも越えた無数の繋がりの中で生きている
長野県で地域医療に従事する医師である夏川草介は、2009年に様々な患者と向き合う内科医の姿を描いた『神様のカルテ』で第10回小学館文庫小説賞を受賞し、作家活動をスタートさせた。
今年2月刊の最新作『新章 神様のカルテ』が話題沸騰中の同シリーズをこよなく愛し、自作にも大きな影響を受けたと語るのが、『ほどなく、お別れです』で第19回小学館文庫小説賞を受賞し、昨年12月に単行本デビューを果たした長月天音だ。東京の下町にある葬儀場・坂東会館を舞台にした同書のオビには、夏川が推薦コメントを寄せている。「私の看取った患者さんは、『坂東会館』にお願いしたいです」。
執筆を通じ人の「死」と向き合い続けてきた二人が、「死を書くこと」について語り合った。
死は特別なドラマではない
長月
私が『ほどなく、お別れです』を書いたきっかけは、三年前に主人を看取ったことでした。亡くなった主人に対して、生前にこんなことを言ってあげればよかった、彼からの問いかけにこう答えればよかったという思いが強く残っていました。でも、主人とはもう、そういうやり取りが一切できません。後悔を少しでも薄めるために、大学時代にアルバイト経験があった葬儀場を舞台に、死を題材にした小説を書いてみようと思ったんです。
夏川
そうでしたか。ご主人が病気をされていた時間は、長かったんですか。
長月
丸6年です。難しい病気だったこともあり、その間に8回手術をしました。
夏川
長いですね。検査もあるでしょうから、生活の大半は病院にいることになる。
長月
夫の闘病中によく読んでいたのが『神様のカルテ』シリーズでした。このシリーズは病気や医療にまつわる厳しい現実を描きながらも、クスッとした笑いが入ってくる。そのユーモアに触れて、私自身の現実も少し軽くしていただいた感覚があったんです。
夏川
絶望の中では無理やりにでも笑わないと、前に進めないことって多々あります。死を描くのに、ユーモアが必要だというのは常に意識しているところなんです。
長月
当時の自分を支えてくれた小説の書き手である夏川さんに、本の帯コメントをいただけたことは本当に嬉しかったです。編集さん経由で夏川さんから改稿のアドバイスをいただけたことが、この作品にとってすごく大きかったんですね。例えば、葬儀場でアルバイトをしている主人公の美空は、霊を見たり、霊と話ができる能力の持ち主です。改稿前は、もっと美空と死者にお喋りをさせていました。でも、「あまり幽霊と話をさせないほうがいいと思います」という意見をいただいて、ファンタジー色をできるだけ削る方向で調整しました。
夏川
読んでいて、この書き手は自分とすごく近い感覚を持っているという気がしたんですよね。僕自身は、死は特別なドラマではないということ、死と生を連続性で捉えたいという思いを持って、これまで本を書いてきました。長月さんもきっと同じ感覚をお持ちの方なんじゃないかなと感じたからこそ、あまりファンタジックになりすぎないほうがきっと、この物語の説得力が出るのではないかと思ったんです。
長月
ありがとうございます。
夏川
亡くなった人が話しかけてくる、生者がそれに応えるということが、全面的におかしいとは思っていないんですよ。確か『神様のカルテ2』で書いたことだったかな? おばあちゃんが亡くなって、1時間後ぐらいにおじいちゃんが亡くなったというエピソードは、実際それに近いことを経験したことがあったんです。
長月
そうだったんですね! すごく印象に残っているエピソードです。
夏川
夢の中に亡くなったおばあさんが出てきて、おじいちゃんのガンを取っていってくれたなんて都合のいい奇跡は起こりません。でも、科学や理屈では説明できないような不思議なことは、現実でもよく起こるんです。