■特別対談■ 一木けい × 鳥飼 茜 物語の力を信じたい
すべてを受け入れる人は悲しい思いもさせる
──芳子さんの他に、気になる登場人物はいましたか?
鳥飼
男の子たちも、いいですね。たぶん一木さんは、ヤマオっぽい人が好きですよね?
一木
好きですね。でも恋愛対象としては、見てない。ヤマオは私にとっては、ちょっと神っぽい感じです。
鳥飼
あ、わかる。神様っぽい。
一木
神的なセリフを、ぎゅっと詰めた集合体というか。
鳥飼
ヒト型の神って、実際いるんでしょうか?
一木
いたらいいですね。もし実在したら、すべてを受け入れてくれる人だと思うんですよ。でも、すべてを受け入れてくれる人が、悲しい思いをさせないとは、限らないんです。
鳥飼
と言いますと?
一木
すべてを受け入れてくれる人は、受け入れてくれた喜びと同じかそれ以上に、つらい思いもさせるんですよ。もし受け入れてくれるだけで、まったく嫌な思いをさせない存在があるなら、それが神なのかなあと思うんです。
鳥飼
でも神というのは、試練を人に与えるじゃないですか。
一木
ああ、そうか……。じゃあ、私が悲しいのは、試練なのか。
鳥飼
基本、人生は試練が多めですよね。
一木
鳥飼さんに言われると、納得がいきます。
言わないことに価値がある言葉もある
一木
茜さんとは一緒にお酒を……茜さんとか言っちゃった(笑)。
鳥飼
いいですよ(笑)。
一木
鳥飼さんと一緒にビール飲んで、タイ料理を食べてとかだったら、いくらでも自分のことを喋れる気がします。セックスの話だって、できるかも。基本的に自分について話すのは得意じゃないです。
鳥飼
何で?
一木
幼いときから人に心を開かないのが当たり前で生きてきちゃったから。
鳥飼
具体的に何か嫌なことがあったんですかね。
一木
ただひたすら自分の意見を押しつけてくる大人を見すぎてしまったのかも…。「反論の余地もない関係なんて発展のしようもないのに」と心の中で思いつつ、この人には言っても無駄だと諦めてしまうくせがついたというか。親しい人にも全部を言うのは抵抗があります。向こうに嫌な思いをさせたくないし、こっちが嫌な思いをするのも避けたいですし。
鳥飼
話すとき「これは言ってもいい」の線引きが、人にはそれぞれありますよね。一木さんの場合は、それが他の人より明確なんだと思う。
一木
鳥飼さんには、言えないことの線引きはありますか?
鳥飼
セックスの話とか昔いじめられたとか、普通は隠しておきたいようなことは割と平気で言えます。作品にも描けますけど、「自分はこれが好き」というのは、なるべく言いたくないかな。
一木
面白い。何ででしょう。
鳥飼
うーん。「言わないことに価値がある」みたいに感じているというか……。
一木
宝物だから、言いたくない?
鳥飼
近いかも。
一木
言わずに取っておきたい。
鳥飼
ああ、そういう感じ。ひっそり取っておくことで、自分のなかで、よりいいものになりそうと思っているのかもしれない。あと、好きなものを話すのって、弱みみたいなものを、さらけだすことでもあるでしょう。できれば知られたくないじゃないですか。
一木
おっしゃる通り。
鳥飼
でも作品には無意識に、にじみ出てきますよね。
一木
たしかに。弱いところも含めて、自分の本質が意図しないで表れる。
鳥飼
それはそれで仕方ない。
──弱みは、読んでいる側には隠しておきたいですか?
一木
自然に出るとしたら、どうしようもないですけど。ただ『愛を知らない』を読んで、橙子のような環境で育った子どもを「だからあんな性格になった」と決めつけられてしまうのは、嫌だなと思います。
鳥飼
私は逆で、決めつけてもいい。むしろ「もっと勘違いしろ」と思うんです。
一木
そうなんですね。
鳥飼
読者の方が勘違いすればするほど、その人のなかで、何かが揺さぶられるから。例えば芳子さんの振る舞いを見て「こんなことするなんて!」と、怒る人もいるでしょう。そうやって怒ればいい。怒るということは、多少なりとも自分に重なる部分が、あるからです。いろんなバリエーションの悲しい行為を見て、たくさん誤解すればいい。たくさん揺さぶられればいい。そうしたら、いつか理想通りの自分でいられなくなったとき、「あのひどい行為をした人も、私と同じだった」と気づく瞬間があるんじゃないかな。
一木
なるほど。
鳥飼
物語などで、誤解のバリエーションをいっぱい溜めておけば、いつか苦しいことになったとき、自分自身に絶望しなくてすむだろうし、「ほれ見たことか」とも思う。そういう意味では、作品の書き手と読者は、Win-Winの関係なんだろうと、私は思っています。
一木
すごい、深いなぁ。