『あなたが殺したのは誰』刊行記念 まさきとしか × 黒木瞳スペシャル対談【前編】

三ツ矢の人間性から出てきたセリフ

黒木
 キャラクターのなかで最も注目したいのは、やはり三ツ矢です。言うことが、いつも示唆に富んでいます。例えば、夫婦仲について訊ね、「普通です」と相手が答えたら、「普通には3つのパターンがあります」というようなことを言うところがあるでしょう。

まさき
 よく覚えていらっしゃいますね! 『あの君』の1シーンですね。「人が普通という言葉を使うとき、三つのことが考えられます。ひとつめは、ほんとうに普通だと思っている場合。ふたつめはよく考えずに使っている場合。三つめはなにかを隠そうとする場合」という一節。

黒木
 そうです、そうです!  正鵠を射ているというか、物事の急所を突いてくるようなことを、彼は自然に言います。「普通」という言葉については夫婦仲に限らず、どんなことでも本当に三ツ矢の言うような3つのパターンに分けられるでしょう。

まさき
「普通」という言葉については、私自身、昔から抵抗がありました。普通って、そもそも何だろう? と。その疑問を三ツ矢の言葉に乗せてみました。

黒木
 まさきさんの代理として言わせたんですね。

まさき
 キャラクターには、多少なりとも私自身の代わりに何かを言ってもらっている部分はあります。

黒木
『あなたが殺したのは誰』のなかでは、襲われたシングルマザーの家を調査するときの三ツ矢のセリフが印象的でした。田所は部屋の様子を見て、被害者は母親なのに料理をしないのか、と無意識に口にしますが、三ツ矢は「襲われたのが父親だったら、そんな疑問を持つのか」というような言葉を返します。三ツ矢の人間性がよく出ていますね。

まさき
 彼は男とか女とか、記号で人間を見ないんですよね。人って、つい他人を記号で見てしまいがちです。情報の流れが早すぎるせいもあって、深く考えずに「この人は悪い人だ」「この人はいい人だ」と記号でまとめて理解した気になってしまうんです。
 私たちはニュースでいろんな事件を見ても、被害者と加害者、その家族と関係者たちという記号でしかとらえられず、そこに人が存在していることを、しばしば忘れます。でも三ツ矢は、どんな場面でも決して人を記号にしないんです。生きている人間として、接している。差別や区別がないし、先入観もない。あらゆる可能性を考察できるから複雑な事件のわずかな隙間に入りこんで、真相に触れることができるんだと思います。
 私も作家として人を記号化しないよう、気をつけているつもりですが、油断すると筆に影響します。三ツ矢だけは絶対に、人間を人間として最後まで見る刑事として、描き続けたいと思っています。

黒木
 人を記号にしない。まさきワールドの特徴を象徴するお言葉です。これからも、まさきさんの小説を読み続けるぞ! という気持ちになります。

まさき
 嬉しいです。

黒木
 あと、三ツ矢が陰で呼ばれているニックネームがパスカルというのもいいですね。「人間は考える葦である」と唱えたフランスの哲学者・パスカルから取られたものですよね?

まさき
 はい、そうです。

黒木
 パスカルは哲学だけでなく数学や物理学など、幅広い分野の天才でした。若くして亡くなりましたが、高い知性は後世に大きな影響を与えています。賢さと優しさで被害者に寄り添う三ツ矢は、パスカルと呼ぶのがぴったり。

まさき
 パスカルという言葉の響きが、シンプルに好きなんですね。「人間は考える葦である」という言葉と、ひょろっとしている三ツ矢の風貌もかけています。実際は、何かの作業をしていたときに「あ、三ツ矢は陰でパスカルと呼ばれてる」と、設定がふと浮かんできたんですが。

黒木
 また、降りてきちゃったんですね。

まさき
 はい、降りてきました。

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