今月のイチオシ本【ノンフィクション】

『ケーキの切れない非行少年たち』
宮口幸治
新潮新書

 著者は児童精神科医である。公立精神科病院に勤めたのち、医療少年院に転職する。そこで出会った驚くべき事実が、一冊の本を書かせるきっかけとなった。

 本書の帯に描かれた絵は「ホールケーキを三等分にする」という課題。少年たちは、不揃いに横に切れ目を入れる者、等分に分けることが理解できない者、四等分にしかできない者など様々だったのだ。

 小学校低学年や知的障害のある子どもには時々見られる現象だとはいえ中学や高校の年齢でできないのはなぜか。著者はあることを思い出す。

 精神科病院の医師だったころ、相手の年齢にかかわらず、女性とみると身体を触ってしまうという発達障害の少年がいた。

 治療のため、北米で開発された認知行動療法を施し、性加害者の持つ「実は女性は襲われたいと思っている」のような歪んだ思考や対人関係における攻撃的、被害的思考を矯正しようとした。だが彼の治療は上手くいかない。原因は認知機能の弱さだった。彼は自分が何をされているのか理解できなかったのだ。

 殺人や殺人未遂、強制猥褻などで捕まった医療少年院の「ケーキを切れない少年たち」の中には、この認知機能が弱い少年たちがたくさんいた。

 凶悪犯罪を行った少年の多くが、何故そんなことをしたのかと尋ねられても、難しすぎて理由を答えられない。その多くが単純な足し算引き算ができず、漢字が読めず、簡単な図形が写せない、短い文章が復唱できない。

 単純に勉強が苦手だという少年の多くが認知機能が弱くて周りの状況が理解できずに対人関係で失敗してイジメにあっていた。それを学校は全く気付いていなかったのだ。

 著者は彼らのような少年たちの支援に有効な「コグトレ(認知機能強化トレーニング)」を開発した。これは認知機能の躓きを持った児童を見つけるとともに、劣っている能力を向上させる。発達障害が少年犯罪に結びつく前に、周りの言うことがわからずに困っている子を救うために、このような方法があることを、多くの人に知ってもらいたいと思う。

(文/東 えりか)
〈「STORY BOX」2019年10月号掲載〉
◎編集者コラム◎ 『4分間のマリーゴールド 』桐衣朝子 原作/キリエ
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