今月のイチオシ本 【エンタメ小説】

『噛みあわない会話と、ある過去について』
辻村深月
講談社 本体1,500円+税

 嫌いな相手が太っているとして、その相手に向かって「ブタ!」と言うのは意地悪。天真爛漫な笑顔で、「ねぇ、どうすればそんなに太れるの?  私、いくら食べても太れないから、教えて欲しいの」と言うのが性悪。

 意地悪も性悪もゲロゲロだけど、それよりも更にたちが悪いのが、"相手に対する無意識の優越感"だ。何故か。意地悪や性悪が相手に向けるのは明確な悪意であるのに、後者の場合は悪意どころか、場合によっては善意でさえあったりするから、である。

 悪意を向けられたのなら、その相手に怒ることができる。けれど、それが"善意"なのだとしたら、少なくとも当人自身は善意のつもりなのだとしたら、そうはいかない。たとえ、目の奥が熱くなるほどの怒りを覚えたとしても、その場でその怒りを相手に向けることはできない。怒りは、胸の奥の奥に、静かに落ちていくしかない。そして、いつまでもいつまでも、きりきりとした痛みを伴って、そこにあり続ける。

 四編の短編からなる辻村さんの新刊は、その"怒り"について描かれたものだ。冒頭の一編「ナベちゃんのヨメ」は、ナベちゃんとコーラス部で同期だった佐和の視点で描かれた物語。この、佐和はもちろん、他の同期の女子たちの、ナベちゃんに対する、無意識の"見下し感"が、リアルにあぶり出されていて、読んでいて変な声が出そうになったのだけど、二編めの「パッとしない子」は、声を出すのではなく、思わず声を飲み込んでしまったほど。

 ラストの「早穂とゆかり」では、その"怒り"を解き放つ=相手が自分に対して持っていた"優越感"を自覚させることで、相手の醜さを炙りだす場面が描かれていて、その張りつめたような緊張感にひりひりした。同時に、このラストでは、溜め込まれた"怒り"の昏い側面まで描かれていて、そこが本当に絶妙で、巧い。

 読後、タイトルがずしりと重さを増す。言葉とその裏側にあるもの、に対する沈思をうながす一冊でもある。

(文/吉田伸子)
〈「STORY BOX」2018年8月号掲載〉