中島梓の未発表原稿「ラザロの旅」発見! その壮絶すぎる内容を明らかに!

雑誌の対談記事で「あざやかに没になった」と本人が語った、一切が不明であった幻の私小説を、詳しく紹介!

1976年7月に「パロディの起源と進化」(雑誌「別冊新評 筒井康隆の世界」掲載)でデビューした栗本薫/中島梓は、おもに作家としては栗本薫、それ以外は中島梓の名義で活動を行っていた。そのため、彼女の作品が舞台化された際には「原作・栗本薫、演出・中島梓」と2つの名義が並んだこともある。
しかし、そんな中島梓にも1作だけ、生前に発表した小説がある。それが1979年1月、雑誌「群像」に発表された私小説「弥勒」だ。この作品で中島は、重度の精神障害者であった実弟をめぐる葛藤を描き、高く評価されている。
「弥勒」発表から約半年後、「早稲田文学」(1979年6月号)誌上で、早稲田大学時代の恩師である平岡篤頼との対談「攻撃的感性に賭けて」において、平岡が「弥勒」を話題にした際、「実はあの前にも1つ書いてもっていってるんですよ。それはあざやかに没になりましてね(笑)」と述べていることから、未発表の作品があること自体は知られていたが、作品名やその内容などの一切が不明であった。

栗本薫という作家がなぜ書くことに妄執とさえ言えるほどの執念を持っていたかを理解する上で欠かせない重要な作品

『栗本薫・中島梓 傑作電子全集』監修者の一人である八巻大樹氏が、葛飾区立中央図書館が所蔵する栗本薫/中島梓の自筆原稿群を確認するなかで、原稿用紙220枚というボリュームの「ラザロの旅」に注目。重度の精神障害者であった実弟をめぐる懊悩、1年前に新人賞を受賞したばかりの文芸評論家である「私」の「書くこと」に対する執念を浮き彫りした、「弥勒」にも通じる作品だ。
しかし、実弟との関係に比重を置いた「弥勒」に対し、「ラザロの旅」では、自身の新人賞授賞式や、文芸仲間の出版記念パーティ、かつての恋人Tとの回想などを通して、文筆家としての葛藤にも踏み込んでいる。たとえば、自身の新人賞授賞式で、賞の選考委員である作家から声をかけられる場面がある。

「あなたはね」
前に立って私を見つめる、作家は、ライオンのような顔をしている。なにかしたたかな不安定さといった感じ、強烈な人格が私の前にある、という感じを、私は珍しく味わってみる。
「働きなさい」
唐突に彼は云う。
「働いたこと、ないんでしょう。何でもいいから、一ヶ月でも、二ヶ月でも、働いてみるんだ。世間を見なきゃダメだ」

群像新人賞授賞式で実際にあった会話を描いたものと思われ、ほかの出席者とのやりとりも含め、非常に興味深いシーンである。

写真1
1978年9月の江戸川乱歩賞授賞式における栗本薫。

また、この原稿の最終ページに記されていた「自’78.4.15~至’78.5.1 P.M.7:00. A. NAKAJIMA.」が決め手となって、平岡との対談で明かされていた未発表作品と特定された。八巻氏は「当時、まだ駆け出しの評論家に過ぎなかった中島の焦燥と葛藤が赤裸々に描かれている。もし出版されていれば、彼女の小説家としての軌跡を変えていたかもしれない知られざる一篇」と評する。
また、著者の夫で、「グイン・サーガ」の担当編集者でもあった今岡清氏は、「ラザロの旅」についてこう語っている。

栗本薫の私小説はこれまで「群像」に発表された中島梓名義の「弥勒」のみとされていましたが、今回発見された中島梓名義の「ラザロの旅」もまた私小説です。しかも登場人物もほぼ実在の人物で、三浦三崎での出版記念会やT氏との経緯など、実際に起こった出来事がそのまま書かれています。栗本薫という作家がなぜ書くことに妄執とさえ言えるほどの執念を持っていたかを理解する上で欠かせない重要な作品と言えるでしょう。さらに、この作品中には、「遅くとも30年後には自分はいないであろう」という記述がありますが、執筆していた25歳の30年後は55歳、56歳の没年とほぼ同じです。

今岡氏の指摘する「書くことに妄執とさえ言えるほどの執念」を、著者は作中で繰り返し、痛切なまでに激しい言葉で表現している。

読者がいるから書くんじゃない。註文があるから書くんじゃない。書きたいことがあるから書くのでさえない。そんなつまらぬ理由で書くものか。何故かは知らず、もの、、を書かなくては生きていけないようになっていたのだ。(中略)書くことがなくなれば紙に《あいうえお。かきくけこ》とだって私は書く。そう生まれついたから私は書く。節操なんかない。恥もない。そんなものがあるのは人間、、だ、だが私は人間、、でさえない。私は《書キタイ》という妄執、そのものだ。

この「ラザロの旅」は、『栗本薫・中島梓 傑作電子全集』の第9巻【エッセイ】に収録され、初めて活字となった。稀代のストーリーテラーとして『魔界水滸伝』、「グイン・サーガ」、「伊集院大介シリーズ」、「ぼくらの時代シリーズ」、「東京サーガ」などを残した栗本薫。彼女の作家としての原点、「書くことへの執念」を読み解いてはいかがだろうか。

写真2
1957年正月のスナップ。両親および2つ下の弟と共に。

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