採れたて本!【国内ミステリ#10】

採れたて本!【国内ミステリ】

 ミステリ界とホラー界、双方から注目されている作家の一人が新名智だ。ある魚を釣ると死んでしまうという怪談の謎を追う『虚魚』で二○二一年に第四十一回横溝正史ミステリ&ホラー大賞を受賞、翌年には触れた人間を消す物語の秘密に迫る第二長篇『あさとほ』を上梓したが、いずれも謎解きの要素を前面に打ち出したホラーという共通点がある。第三長篇の新作『きみはサイコロを振らない』もやはり、ホラー小説ながらミステリの要素が極めて色濃い長篇だ。

 高校二年生の志崎晴には、霧江莉久という変わり者の同級生がいる。彼女は誰とも会話せず、晴ともスマートフォンのメッセージでやりとりをしているのだ。ある日、莉久から〈呪いのゲームを探してる〉というメッセージが届く。彼女の年上の友人・雨森葉月にはシュウさんというゲーマーの元彼がおり、既に病死しているが、その遺品の中に、プレイすると死ぬ呪いのゲームがあるというのだ。葉月の家でゲームをプレイした帰り、晴は不気味な黒い影を目にする……。

 人から人へと感染しながら犠牲者を増やしてゆく呪いといえば、ホラーにおいて定番中の定番の設定だ。鈴木光司の『リング』や小野不由美の『残穢』は特に有名だし、著者自身の過去の二長篇も呪いがテーマだった。それらの作品同様、本書もどうすれば呪いを解けるかが展開の主軸となっているけれども、同じゲームをプレイしても呪われる人間と何事も起きない人間がいるのは何故か──という謎が、思いがけない角度から解き明かされる過程が鮮やかである。

 もう一つ、本書の特徴となっているのは叙情的な雰囲気だ。冒頭で描かれているように、中学時代の晴には雪広という友人がいたが、十二月の夜に、二人であるゲームをした翌朝、雪広は湖から溺死体となって発見されたのだ。警察は事故死という結論を出したが、晴はある理由から彼の死に責任を感じていた。

 小学時代のいじめの体験から大勢に紛れて「普通」を演じている晴と、さまざまな性格を普段から演じ分けている雪広。二人の関係の描写は切ないほどのリリシズムに溢れており、著者の新境地を示している。随所に挿入されるこの過去のエピソードが謎解きの重要な鍵となるのだが、呪いのゲームという一見おどろおどろしい設定で始まる物語が、これほど静かで美しい結末を迎えるとは誰に予想できるだろうか。晴に限らず、莉久や葉月も何らかの心の傷を抱えており、彼らが呪いの解除を通して成長する青春小説としての味わいが印象的で、現時点での著者の最高傑作と言える。

きみはサイコロを振らない

『きみはサイコロを振らない』
新名 智
KADOKAWA

〈「STORY BOX」2023年8月号掲載〉

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