鈴木るりか『14歳、明日の時間割』

若くてもろい葉の季節
中二病──それは中学2年生頃の思春期にありがちな背伸びした言動や、自己中心的で空想的な思考を揶揄する俗語。そんな中二病をテーマにした小説は数々あれど、作者自身が中二病真っただ中にいる時に書かれた小説はそうないのではないか。本書は私が14歳から15歳、まさに中二病の季節に書いたものだ。
あの頃のいろんなことを思い出すと「うわーっ」と叫んで頭を抱えたくなる。思わず「いたたたた」と額に手を当ててしまう。そのいたたまれなさの塊が紙の束となって私の目の前にあるのだった。
自分の本はよほどのことがない限り読み返さない。必ず「ここはもっとこうすればよかった、ああすればよかった」が出てきて、それはもう後の祭りなので、いたずらに心を乱されるだけだからだ。しかし文庫化の際にはそうも言っていられない。編集者さんから『14歳、明日の時間割』の文庫化の話が来た時、とうとう来たか、と思った。
今作は中学高校の入試や模試で幾度か採用され、いまだに「あの作品が一番好きです」と言ってくださる読者もいるが、私にとってはなんとも「いたたた」な小説集なのである。封印したくなるようなあの頃の感覚を、自意識を、目の前に突き付けられる地獄。もちろんフィクションであるから、私自身のことをそのまま書いているわけではない。
しかしなんとも恥ずかしい。もうこっ恥ずかしいの極致。
だがそんなことを言って逃げ回っているわけにもいかないので、覚悟を決めて、実に7年ぶりに本作と対峙したのだった。
読み始めてすぐにやはり「いたたた」となった。登場人物たちの自意識過剰ぶり、大人への批判的な目、無理して突っ張った感じ、何かにつけ斜に構えそれがかっこいいと信じていたあの頃。
今だったら決して書かないストーリー、表現。でもそれはあの頃だからこそ書けたともいえる。初めこそ冷や汗ものだったが、読み進めるうちに、はっとさせられるような表現があり、自分で書いておきながら新鮮な驚きがあった。と同時に、もうこの感覚は失われているのだと知らされ、改めて歳月が経ったことを思った。もうあの頃には戻れないのだ。
己の半径数メートル以内が世界の全部だった日々。大人から見たら取るに足らないようなことが大問題で、悩み、もがき、苦しんだ。今だったら「そんなに深刻にならなくても大丈夫だよ」と言ってやることができるのに、自身でそこを通過しなければその心境には至らない。
今回久しぶりに読み返してみて、登場人物たちのその後に思いを馳せた。単行本を出した後、編集者さんから「高校生編とか20代編とか書けたら面白いですね」と言われ、読者の方からも「この子たちのその後が読みたいです」というお手紙をいただいたりもした。
それは実現されなかったが今回文庫本化に当たり、書き下ろし短編を載せる話をいただいた時、そのことを思い出した。初めは20代になった彼らが当時を振り返るような構成を考えた。だが20代だとまだ近すぎるのだ。もっと遠く離れた時こそ、あの季節の輝きや痛みを客観的に捉え、純粋に懐かしむことができるのではないか。
思い切って45年後、彼らが還暦を迎える頃に設定してみた。随分飛んだものだと自分でも思うが、これが思ったよりもうまくいった。
落地生根、落葉帰根。あの若い葉たちのその後を知ることができる特別書き下ろし短編も併せて楽しんでいただけたらと思う。どんなに歳月を経ても、若い葉の日々は、誰の胸にも宿る永遠の季節なのだ。
鈴木るりか(すずき・るりか)
2003年、東京都生まれ。早稲田大学4年生。小学4年、5年、6年時に3年連続で小学館主催「12歳の文学賞」大賞を受賞。2017年10月『さよなら、田中さん』でデビュー。12万部を超えるベストセラーに。18年『14歳、明日の時間割』を刊行。その後デビュー作の続編にあたる『太陽はひとりぼっち』『私を月に連れてって』『星に願いを』を刊行。読書メーター OF THE YEAR 2024-2025のシリーズ部門第1位となる。その他の著書に『落花流水』。






