二十歳の頃、この本に出会った。岡本太郎の名言をまとめた一冊である。
「怖かったら怖いほど、逆にそこに飛び込むんだ」「ぼくは絶対に成功しないことを目的にしている」「人生は積みへらしだ」「ぼくは、しあわせ反対論者なんだ」
常識外れの言葉たち。しかし、人生の本質を突きつけられた気がした。
高校二年の夏、手作りイカダで琵琶湖の横断に挑戦し、遭難して死にかけたことがあった。それは自分にとって、生の喜びを強烈に感じる体験だった。岡本太郎の言葉でいう「死に対面する以外の生はないのだ」である。
この本に出会う前から魂は知っていた。人生の本質を。この本を初めて読んだ時、いよいよそれを突きつけられた気がして震えた。涙が溢れた。もう逃げられないと思った。
世間的な成功や幸せを否定し、金と名誉を否定し、茨の道を選ぶ。この本の言う通りに生きることは難しい。きつい。しんどい。社会を知れば知るほど、そう痛感する。
しかし、常識に流されそうになった時、楽な道を選ぼうとした時、この本の言葉たちが胸ぐらを摑んでくる。「それでいいのか?」と。茨の道を勧めてくる。「危険だ、という道は必ず、自分の行きたい道なのだ」と。
茨の道に踏み出す瞬間、生の喜びが溢れてくる。それが自分にとっての幸せだ。
今更ながら、なんて本に出会ってしまったんだろうと思う。「普通」に生きたい人にはお勧めしません。

『強く生きる言葉』
岡本太郎 著(イースト・プレス)
熱く、力強く、破壊的。険しい道に挑み続けた芸術家・岡本太郎の思考と哲学のエッセンスを編んだ人生論。
上田慎一郎(うえだ・しんいちろう)
1984年滋賀県出身。2018年、劇場用長編映画デビュー作『カメラを止めるな!』が大ヒット。監督作に『スペシャルアクターズ 』『ポプラン』ほか。

『キャメラを止めるな!』
低予算インディーズ映画だったにもかかわらず、熱狂的な口コミで社会現象を巻き起こした『カメラを止めるな!』 仏映画リメイク版。
監督=ミシェル・アザナヴィシウス|出演=ロマン・デュリス / ベレニス・ベジョ / 竹原芳子|全国ロードショー公開中
映画公式サイト
〈「STORY BOX」2022年9月号掲載〉
関連記事
# BOOK LOVER*第8回* モモコグミカンパニー(BiSH)
学生時代、同じ大学生が主人公の長編小説『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を手に取ったのをきっかけに私は村上春樹の作品を愛読するようになった。それまでは、村上春樹=難しいというイメージを持っていて、なんとなく遠ざけていた。けれど、今では村上春樹作品なしの人生はどんなものか想像がつかないほどだ。彼の作品を読んで
# BOOK LOVER*第7回* 薄井シンシア
フィリピンの華僑の家庭で育ち、日本の大学に進学。結婚後は、夫の仕事の都合でさまざまな国に移住してきた私は、どこへ行ってもずっとマイノリティでした。マイノリティってやっぱり生きづらいんです。それぞれの社会の主流派と常に異なるのですから、自分の中に信念がないとやっていけない。『アラバマ物語』はそんな私にとって人生の指針と
# BOOK LOVER*第6回* 広末涼子
人生で悩んでいた時期は、いつも哲学の本を手に取っていた気がします。高校・大学時代は常にドラマや映画の台本を3、4冊持ち歩き、それぞれの物語に感情移入する日々でした。だからこそ、心をクールダウンさせてくれる何かを無意識に求めていたのかもしれません。人の心を揺さぶるストーリーの対極にあって、自分が言葉にできない感情に形を
# BOOK LOVER*第5回* けんご
大学3年の夏。鬱陶しいほど暑い夏。身体も心も腐り切った夏だった。小学3年から野球を続けていた僕は、13年目にして努力を忘れていた。やる気は皆無だった。何かと理由を付けて練習をサボる毎日。それがどれだけ恥ずかしいことか、この文章を書きながら痛感している。当時から、小説を読むのは好きだった。暇があれば書店に足を運び、学生
# BOOK LOVER*第4回* 岸井ゆきの
車で出かけるのが好きだ。助手席から見える風景の移ろい。向こうから来るかっこいいあの車はなんて車種? いつかは自分でも運転したい。幼い頃からそんなことをよく考えていた。ようやく運転免許を取るタイミングが摑めたのは2年前。教習所で読むのにぴったりな物語はないだろうかと探して見つけたのが『魂の駆動体』だった。SF好きな私に