田口幹人「読書の時間 ─未来読書研究所日記─」第19回
「すべてのまちに本屋を」
本と読者の未来のために、奔走する日々を綴るエッセイ
絵本や児童書などを手掛ける出版社が数多く出展する「上野の森 親子ブックフェスタ 2024」が、5月4日・5日の2日間にわたり、東京・台東区の上野恩賜公園と周辺施設で開催された。
「上野の森 親子ブックフェスタ」は2000年の「子ども読書年」の記念事業としてスタートした一般財団法人出版文化産業振興財団(JPIC)が主催するゴールデンウィークの子どもたちの本のおまつりである。
晴天に恵まれた今年は、約70の出版社・読書推進団体などが出展していた。各ブースでは、読者謝恩価格で販売されているたくさんの絵本・児童書が並べられていたほか、絵本の読みきかせや著者によるサイン会、さらには人気キャラクターも登場するなど、訪れた親子連れの楽しそうな笑顔があちこちで見られた。
普段は、書店を経由して読者に本を届けることが多い出版社の皆さんにとって、「上野の森 親子ブックフェスタ」のようなブックイベントは、face to face で直接読者とお話しできる大切な機会なのだろう。販売する出版社の皆さんも楽しそうに差し向かいでのお客様との交流を楽しんでいる様子が印象的だった。
ブックイベントといえば、毎年秋に開催される本の街の本のおまつり「神保町ブックフェスティバル」がある。僕も毎年楽しみにしている。道路をまっすぐに歩けないほどお客様が詰めかけ、出店者のブースを取り囲み、たくさん本を買っている姿を見ていると、まだまだ本を必要としている人たちがこんなにもいるのだ、と勇気づけられる。
ブックイベントは、全国各地でも開催されている。「Book! Book! Sendai」「ニイガタブックライト」「本まっち柏(千葉県柏市)」「不忍ブックストリート(東京・台東区)」「ブックカーニバル in カマクラ」「西荻ブックマーク(東京・杉並区)」「Book! Book! AIZU(福島県会津地方)」「BOOKMARK NAGOYA」「広島本屋通り(広島市)」「BOOKOKA(福岡市)」など、多種多様な団体によるブックイベントが開催されて、いずれも多くの来場者があり賑わっている。
一方で、毎日のように書店閉店のニュースが流れてくる。
このギャップは何なのだろうか。
生活様式の変化の中で、本を買う行為、いや本だけではなく物を買う行為そのものも変化してきたのだろう。消費者は、どんな環境で、誰から、どのように買うかという付加価値を求めるものと、日常で消費するものの違いを見極めているのかもしれない。今から21年前の2003年、全国には13,661店舗の書店があった。それが2023年には8,051店舗となり※、2024年5月現在、ついに7,000店舗台に突入した。あたり前のように、普段生活する生活圏には書店があったが、今は人口数万人の都市にすら書店が1軒もないこともあるのだ。
(※日本出版インフラセンター JPO 資料より)
どんな環境で、誰から、どのように買うかという消費者が求める付加価値を書店は提供できていないのだろうか、本が日常から切り離されてしまったのだろうか、ブックイベントの賑わいに触れる度に、僕はそんなことを考えてしまう。
話を「上野の森 親子ブックフェスタ 2024」に戻そう。
今年は、NPO法人読書の時間としてはじめて出展者の立場で参加させていただいた。子どもが本と楽しく出合える仕掛けづくりのお手伝いをするために、大日本印刷と連携して開発してきた「DNP子ども読書活動支援キット 小学生版」が完成したこともあり、キットを皆さんに実際に見ていただけたらと思っての出展だった。来場者のお目当ては児童書である。児童書を販売していない、NPO法人読書の時間のブースに立ち寄ってくださる方がいるだろうかという不安を抱えつつ開場を迎えたのだが、心配をよそに多くの方にお立ち寄りいただいた。
中でも多かったのは、公共図書館や学校図書館関係者の方々だった。東京近郊からだけではなく、遠くは福島や関西圏から来ていた方もいた。実際に本を手に取り、出版社の方々とお話しできる機会はあまりないので、毎年「上野の森 親子ブックフェスタ」を楽しみにしているというお話をたくさん聞いた。
児童書の販売はしていないものの、「DNP子ども読書活動支援キット 小学生版」の現物を見ていただき、用意していたキットのモニター導入校も初日のうちに決まったのもうれしかったが、公共図書館や学校図書館関係者の皆さんに、キットに限らず様々なご意見をいただけたことは何よりの収穫だった。
このような大きなイベントは、主催者をはじめ関係者の皆さんの下支えがある。JPICをはじめ、関係者の皆さんにこの場を借りて感謝をお伝えしたいと思う。ありがとうございました。また来年もよろしくお願いします。
「上野の森 親子ブックフェスタ」を終えた連休明け、与那国島を訪れる機会をいただいた。与那国島は、南西諸島八重山列島の島で日本の最西端に位置する島であり、いわば国境の島である。「Dr.コトー診療所」のロケ地となった島として記憶されている方も多いのではないだろうか。ミーハーな僕も、もちろん撮影で実際に使用されたオープンセット(診療所)に足を運んだ。すぐ目の前には、何度となくドラマに登場する天然ビーチである比川浜があり、思わず靴を脱いで海に向かって走ってしまった。
また、比川浜では与那国海塩有限会社の製塩所にも立ち寄った。売店の店員さんによると、黒潮海流を発するフィリピン近海に日本でもっとも近い与那国島の海水は、塩分濃度が高く、海水汚染度は低くプランクトンの発生が少ないことから、塩作りにはこの上ない条件なのだそうだ。薪に火を熾し海水を煮詰めて製造する原始的な方法でつくられた塩が、あまりにも美味しくて。とくに、粒の大きい「スーパー花塩」というブランド名の塩が殊の外旨かった。たくさん買い込み、帰宅後も「スーパー花塩」を使い料理をしているほどである。
島内一周約25kmの島ながら、あまりにも壮大な大自然と神秘的な景色に心を癒されたのだが、けっしてバカンスでうかがったわけではないのである。透明度の高い海で泳いだりはしていないのだ。次回こそ、仕事ではなくバカンスで行くのだと心に決めている。
島を訪れたきっかけは 未来読書研究所に届いた「島に本が買える場所を創れないだろうか」という相談だった。
東京から1,900㎞離れた人口1,600人強の島である。2022年8月に町民より要望が多かった町立図書室が開所した。
驚いたのは、小さな図書室だったが、郷土資料の多いことだった。時間の関係でじっくりと読むことはできなかったのだが、小さな島にこれだけの歴史が詰まっているのかと思うと、棚を追うだけでもワクワクした。台湾との交流の歴史など、貴重な資料も多く蔵書されていた。
また、子育て世代の利用が圧倒的に多く、図書室のじつに6割程度が児童書で構成されていた。島には中学校までしかないことから、少ない予算だが、幼児向けから中学生向けの新刊はなるべく購入するようにしているのだと、図書室の担当者さんが教えてくれた。
一方で、蔵書冊数には限界があり、県立図書館からの一括貸し出しなどを活用しているが、もっとたくさんの新しい本との出合いがほしいという。島外から島に移り住んだという担当者さんの「今は、活字、とくに本と気軽に出合える場所がほしいと切実に感じた」という言葉が印象的だった。また、島では寄贈本の募集も行っているが、住民のニーズと合わないものも多く、必要としている本をすぐに住民に提供できない苦しい事情もうかがった。
島内の商店をめぐったが、一部共同売店に郷土本が販売されていたものの、リアルでの本との出合いの場が図書室のみであることが分かった。本との出合いの場はなかったが、島のあちこちで目にしたポスターがあった。
〝「空とぶ図書館」がやってくる!〟と書かれたポスターだった。
「空とぶ図書館」は、沖縄県立図書館が、図書館未設置町村等の住民に読書機会を提供するため、各地の教育委員会と連携した移動図書館のことで、開催に合わせて読み聞かせ会や読書活動に関するワークショップなどを開催し、子どもたちだけではなく、大人にも人気なのだという。
また、島のあちこちの施設に児童書が自由に読めるように置かれていた。空港にも、商店にも、世界最大の蛾(ヨナグニサン)の博物館であるアヤミハビル館にも、図鑑や絵本が並べられていた。多くの本が読みこまれてボロボロになっていた。それだけ長い間読み継がれてきたのだろう。住民のニーズに合う本や新刊を届けたいなと思った。
その夜、島の皆さんと琉球泡盛を飲みつつお話を聞かせていただく時間をもらった。そこでも子どもたちが気軽に本が買える場所がほしいという声があった。いまほしいものがあれば、大人ならどうにか手に入れる術はある。しかし、子どもはなかなかそうはいかない。中学までは島で暮らす子どもたちのために、気軽に本と出合える場所をつくってやりたいし、大人も気軽にマンガを読んでのんびりしてみたいよな、とおじいが話してくれた。
あたり前じゃないからこそ大切なものが見えてくるのかもしれない。
「島に本が買える場所を創れないだろうか」
実現できるようしっかりと準備を進めたい。
田口幹人(たぐち・みきと)
1973年岩手県生まれ。盛岡市の「第一書店」勤務を経て、実家の「まりや書店」を継ぐ。同店を閉じた後、盛岡市の「さわや書店」に入社、同社フェザン店統括店長に。地域の中にいかに本を根づかせるかをテーマに活動し話題となる。2019年に退社、合同会社 未来読書研究所の代表に。楽天ブックスネットワークの提供する少部数卸売サービス「Foyer」を手掛ける。著書に『まちの本屋』(ポプラ社)など。