田口幹人「読書の時間 ─未来読書研究所日記─」第18回

田口幹人「読書の時間 ─未来読書研究所日記─」

「すべてのまちに本屋を」
本と読者の未来のために、奔走する日々を綴るエッセイ


 4月は、出版関連の各業界団体による昨年度の総括的な報告と今年度の取組みに関する発表が相次いで行われた、大切な1か月だった。

 文部科学省と学校図書館議員連盟の報告を含む「文字・活字文化推進機構」の会合、「書店・図書館等関係者における対話の場」、「文化創造基盤としての書店振興プロジェクトチーム」車座ヒアリング、「街の本屋さんを元気にして、日本の文化を守る議員連盟」総会など、今後の書店業界の動きを占う意味において大切な会議や会合が数多く開催された。

 今月は、「書店・図書館等関係者における対話の場」と「街の本屋さんを元気にして、日本の文化を守る議員連盟」総会について触れたいと思う。

 
【「書店・図書館等関係者における対話の場」について】

「書店・図書館等関係者における対話の場」は、著者関係団体、書店関係団体、出版関係団体、図書館関係団体、自治体関係者等により構成される。2023年10月3日に第1回が開催され、2024年3月6日に開催された第4回までの意見交換の内容を踏まえ、対話のまとめが発表された。

 以下がその概要だ。
 

■書店・図書館等の現状と課題

【書店数の減少について】
 書籍、雑誌の販売額は減少傾向で、書店数は10年連続で約3割減少し、無書店地域も全国の市町村の26.2%となっている。
【図書館施設の老朽化について】
 図書館数増加の一方、施設の老朽化や建て替えなどの課題を抱え、地方財政の悪化等を背景に図書購入費も減少、貸出冊数も伸び悩む。
【書店と図書館等の連携の意義】
 書店・図書館等関係者が協力して、読者人口を増やす「読者育成」を目指すことは両者に大きな意義があることを確認。

 

■書店・図書館等の連携促進に向けて(連携促進に係る検討事項)
「街の本屋さんを元気にして、日本の文化を守る議員連盟」による第一次提言を受けて、以下の3つの事項について共通理解を図った。

【1】過度な複本購入の検証
 複本※の状況については、ベストセラー本の複本は平均1.46冊、6割の図書館の複本は「2冊未満」で過度とはいえない状況。
 図書館の所蔵・貸出が新刊書籍市場に与える影響について、最新の実証研究に基づき、以下を複本にかかる共通認識とした。

①平均すれば、全体として図書館による新刊書籍市場の売上へのマイナスの影響は大きくないこと
②同時にそれは一部のベストセラーに限ればマイナスの影響が小さくないこと
 

 
※「複本」とは、1つの図書館が同じ本を何冊も所蔵して貸し出すことを意味している。図書館は利用者からのリクエストの多い本を複本所蔵することが多いが、その貸し出しは、「売れるはずだった本が売れなくなる」「他の本の購入に使われるべき予算が使われてしまう」という2つの点で、出版社の利益の源泉を直撃することになるとして、書店や出版業界が図書館業界に改善を申し入れたことで、長い間出版界と図書館界の軋轢の元になっていた。

 それを踏まえ、書店や出版社、公共図書館、学識経験者らで構成された「書店・図書館等関係者における対話の場」が設けられ、議論の末、報告書に「形式的なルール等よりもまずは関係者間の相互理解が重要である」と記載し、出版社・書店・図書館関係者の間で「複本問題」について一定の決着をしたものとした経緯があったことに触れておきたい。
 

【2】地元書店からの優先仕入れの推奨
 地元書店からの購入状況については、多くの図書館は自治体内の書店から購入している現状にあること、一方で、装備※を含めた上での定価購入や、それに加えて割引による購入を求める自治体は一定数あることを共有した。

 
※「装備」とは、図書原簿の作成、バーコードラベルや背ラベルの作成と貼り付け、フィルムコーティングなどのスタンダード装備から、蔵書印・天地印などの押印、ICタグ・磁気タグの貼付などのことで、様々な仕様のオプション装備がある。図書館ごとに使用するメーカーやラベルの位置など細かく装備仕様が決められている。

 書店が装備を請け負っている場合が多く、中には定価で納入するが装備代を書店が負担している場合もある。物価の上昇に伴い、フィルムコーティングなどの資材費が値上がりしていることもあり、装備代を賄いきれず逆ザヤとなり、単価の低い書籍を納品する場合は赤字になってしまう場合もある。

 地域の図書館には、その地域で営業している書店が納品業者となって図書資料を納めていることが多いのだが、装備にかかる経費を賄いきれず、やむなく図書の納品を断念する書店もある。
 個人的には複本問題以上に、装備について別枠での予算措置の検討をお願いしたいものである。
 

【3】図書館と書店が共存できるルールづくりの検討
■書店・図書館等の連携促進方策

①書店在庫情報システムの開発と図書館との連携
②書店での図書館資料の受け取りや返却
③図書館での書籍販売
④「図書館本大賞」(仮称)の創設
⑤優良事例の収集・普及

 
■今後の検討について
 国において一定のルールを示すのではなく、関係者間の相互理解を積み上げ、協力できるところから始めることが必要であり、「対話の場」について、より組織的な体制となるよう発展的改組の必要があるとしている。

 
 詳細はこちらをご覧いただきたい。

(外部サイト)日本図書館協会ホームページより▶︎

 

【「街の本屋さんを元気にして、日本の文化を守る議員連盟」総会について】

 この議員連盟の総会前に発表することが恒例となってしまったかのように、無書店自治体の調査結果が一般財団法人 出版文化産業振興財団(JPIC)から発表された。

 2024年3月時点での「店舗あり+坪数登録あり書店」の書店数は7973店で、前回の調査結果が発表された2022年9月から609店舗減少し、無書店自治体の割合は26.2%から27.7%に増加した。

 議員連盟総会に関しては報道が少なく、「書店議連総会、塩谷会長『具体的に何をするか議論を』」と題した新文化オンラインの記事を掲載しておく。

(外部サイト)新文化オンライン▶︎

 桑原亘之介氏のレポート(note)がもっとも詳しく伝えているのであわせて掲載する。

(外部サイト)街の本屋支援議員連盟総会▶︎

 桑原亘之介氏のレポートを拝読する限りにおいて、書店復興云々の前に、危機感を感じる見過ごせない発言があったので、今回はそちらについて触れたいと思う。
 桑原亘之介氏のレポートより

(抜粋)

 書店サイドからは日本書店商業組合連合会の矢幡秀治会長から話があった。「書店はなくなって当たり前とか時代の流れだという声があるが、なくしてはいけないと思う。国民の声が変わっていけば、我々も生き残っていける。悲痛な声はまだまだ強い。自助努力は必要だと思うが、助けて頂いて何とかしたいというところです」。
 図書館のいわゆる「複本」(同じ書籍を複数冊購入すること)の状況は、ベストセラー本の複本について図書館の約6割の複本が「2冊未満」だと報告があったことに触れて、矢幡会長は「残り4割に苦しめられているのです。そこをもうちょっと深掘りしてもらいたい」と注文をつけた
 矢幡会長によると、図書館が大手からではなく地元の中小書店から本を購入すれば1000万円くらいの経済効果があるという。

 

 僕は、この日本書店商業組合連合会(日書連)の矢幡会長の発言に強い違和感を覚えてしまった。そもそも国民の声とは何を指すのだろうか。日本書店商業組合連合会はこれまで、書店に対する国民の声を拾い集めることを実施してきたのだろうか。

 日本書店商業組合連合会とは、会員として法人格を有する45都道府県組合と、加盟書店2598名(2023年10月1日現在)で構成された団体である。僕も経営に携わっている書店が加盟店となっていることもあり、一応構成員となっている。同組合が発行している全国書店新聞が届く以外に組合の動きを把握する術がないのだが、その全国書店新聞の中にも国民に対する書店の意識調査などを実施したという記事を目にした記憶がない。

 さらに関係者へのヒアリングを進めているうちに、経済効果として発言した「1000万円くらい」という数字の根拠が見えてきた。4月16日に催された文字・活字文化推進機構の会合「図書館の現状と改革の課題―図書館職員の地位向上をめざして―」内で、北海道・幕別町図書館では東京の業者から地元書店に仕入元を変えて、高価なMARC(注・TRC MARCは、株式会社図書館流通センターが提供し、公共図書館で利用されている書誌データベース)利用を見直し、地元の福祉団体が装備するなどの改革をした事例を発表した。その際、このように地元のものを活用し問題解決することで「大体1000万円くらいの地域の循環経済をつくれる」と訴えがあったとのことだった。

 そのことを指して「1000万円の経済効果」と発言したのではないかと推察される。

 ここについても疑問が残る。経済効果として発言した1000万円くらいという金額とは、スイッチングコストやそれに伴う労力に対する費用やその後のランニングコストをしっかりと把握し、エビデンスを基にして算出されたものなのだろうか。もしあるのならば、日書連はまずはそれを公表するべきだろう。

 幕別モデルとして有名な北海道・幕別町図書館の取り組みは、僕も多く勉強させていただいた。大変参考となる事例だけに、軽率に経済効果云々の話だけではなく、地域と連携した図書館づくりという大きな枠組みで語られるべき内容であると思っている。

 日書連として発言するのであれば、まずはしっかりと効果検証の結果を会員にも公表してから「1000万円の経済効果」という具体的な数字を述べるべきではないのだろうか。

 見逃していたのであれば僕の認識が間違っていたことになるので、ご存じの方がいたらご教示いただきたい。

 僕が懸念しているのは、日本書店商業組合連合会が、政権与党である自民党員だけで構成されている議員連盟の場において発言することで、権力を借り、さも背後に「国民の声」が既に存在しているということを事実としてしまうことが問題ではないか、ということである。

「助けていただき」という発言にも問題があるのではないかと思うが、それ以上に、空気感で権力に助けを求めることは、民主主義にとって非常に危険なことだと僕は思っている。僕は、表現・言論の自由と民主主義における書店の役割は大きいと考えている。

 よく聞くことばに「真実」と「事実」という2つの言葉がある。「真実」とは、「見た人が見たい現実を見ているもの」であり、それを発言する人の考え方や立場を切り離すことができない。だから「真実」はたったひとつではなく、発言、発信した人の数だけある。

 本は、自分ではない誰かが書いたものである。

 そこには、作者(書いた人)の「真実」が詰まっている。読書は、その本に書かれている「真実」を読み、「事実」は何かを探す作業でもある。この作業を繰り返すことで、「真実」の中から「事実」を見つけ出す自分のフィルターをつくりだすことができる。大昔のことも、未来の出来事も、遠く離れた地球上のどこかの出来事も、さらには宇宙のどこかの出来事まで、誰かの「真実」にたくさん触れることで、誰かの真実を自分の経験とすることができるのだ。

 本屋は、近年では問題視もされている委託配本制度のもとで、書店員の意志とは別に出版された多くの本が送り込まれ店頭に並べられる。その数は選書という誰かのフィルターを通して書棚に並べられる本以上に多い。表現・言論の自由のもと、多くの誰かの「真実」に触れることのできる場所が本屋でもある。だからこそ、僕たちはまちの本屋があってほしいと思い活動している。

 しかし、今回のこの発言が、それを脅かすことにつながりはしないだろうか、とさえ感じている。だからこそ、日本書店商業組合連合会は権力に対して助けを求める根拠となるエビデンスを明示してほしい。そうしないと、本屋が民主主義の敵になってしまいかねないのではないだろうか。

 
 もう1つは複本問題に対しての日本書店商業組合連合会と図書館サイドの認識のズレである。

 
 全国書店新聞(令和6年4月15日号)では、複本問題について以下の報告をしている。

 公立図書館がベストセラーや人気作家の最新刊を大量に購入し貸し出す「複本問題」は、新刊書籍市場への影響について「影響あり」とする出版界と「影響なし」とする図書館界との間で溝が埋まらないまま、長年にわたり大きな対立点になってきた。
「対話の場」では、座長の大場教授(編集部注:大場博幸・日大教授、図書館情報学)の論文「公共図書館の所蔵・貸出と新刊書籍市場との関係」(2023年)に基づき、①全体として図書館による新刊書籍市場へのマイナスの影響は大きくないこと、②少数の売上部数の多いタイトルへの影響は小さくないこと――が確認され、複本の影響について「対話の場」での共通認識とされた。出版・図書館関係者が参加する会議の場で「複本の新刊への影響はある」と合意できたのは初めてのこと。
 

(外部リンク)書店・図書館等関係者「対話のまとめ」公表/共存共栄へ議論深める/「関係者協議会」設置 課題解決図る▶︎

 

 これは、ある種のポジショントークであろうと思っていた。「複本の新刊への影響はある」という共通認識を引き出せたことが、日本書店商業組合連合会としての対話の場の成果として認識されているのだろう。おそらく、反対に図書館側は、全体としては影響がないという部分を強調するのだろうと思われる。

「対話の場」の議事録を読むと、この共通認識をもって複本問題は凍結し、蒸し返さずに協力する必要性について何度も発言されており、参加者の皆さんの中では合意が取れたという印象を受ける内容だった。

 そこに対して、日書連会長が「対話の場」における関係者が出した結論とは違うこと、つまり「さらなる深掘りをしてほしい」と議員連盟総会で参加議員と関係省庁に訴えた根拠はどこにあるのだろうか。先ほどの「空気感」と同様に、それが日本書店商業組合連合会の主観的・感情的なものだとしたら、今後の連携など絵に描いた餅になるのではないかと憂いている。

 僕の知る限り、これまで業界を挙げた出版流通改革が声高に叫ばれたのは今回で3度目である。過去の2回は改革が進むことはなかった。だからこその現状である。これまでと違うのは、書店業界にとってもう後がないという点にある。出版流通改革ではなく、出版流通革命が必要な段階だと僕たち未来読書研究所は認識している。大切な時期だからこそ、主観的・感情的なものに流されることなく、しっかりと現状を把握することが必要なのではないだろうか。


田口幹人(たぐち・みきと)
1973年岩手県生まれ。盛岡市の「第一書店」勤務を経て、実家の「まりや書店」を継ぐ。同店を閉じた後、盛岡市の「さわや書店」に入社、同社フェザン店統括店長に。地域の中にいかに本を根づかせるかをテーマに活動し話題となる。2019年に退社、合同会社 未来読書研究所の代表に。楽天ブックスネットワークの提供する少部数卸売サービス「Foyer」を手掛ける。著書に『まちの本屋』(ポプラ社)など。


佐原ひかり『鳥と港』
岸田奈美『国道沿いで、だいじょうぶ100回』