採れたて本!【海外ミステリ#18】
優れたサスペンスは、途中で読むのをやめることが出来ない。登場人物たちがどうなるのか。どうなってしまうのか。登場人物が「よせばいいのに」と思うような行動を取るたびに、ハラハラドキドキさせられ、その結末を見届けたくなる。
シャロン・ボルトン『身代りの女』(新潮文庫)は、そうしたサスペンスの魅力が全編に漲った作品である。六百ページ以上の分量だが、長さを感じさせない。その理由の一つに恐怖演出の巧さがあるだろう。いわゆるホラー作品ではないが、作品の中心に位置するメーガン・マクドナルドという女性が、とにかくコワい。何を考えているのか全く読めず、だからこそ、「これ、どうなるの?」という興味を常に搔き立てられる。
卒業を間近に控えたパブリック・スクールの優等生六人は、ある「肝だめし」に夢中になっていた。深夜の高速道路を二、三分だけ逆走するというものだ。何回もやった「お遊び」だが、ダニエルがハンドルを握ったある日、遂に事故を起こしてしまう。相手方の車は炎上、母娘三人の命を奪ってしまった。六人はどうするべきか話し合うが、突然、メーガンが提案する。「わたしが運転してたって言う」。車の中にもメーガン一人だったと嘘をつき、全ての罪を一人でかぶると宣言するのだ。しかし、メーガンは真相を記した念書を作成し、六人全員の署名もそこに記入させる。メーガンは、自分が罪をかぶるが、あなたたちは全員、自分に対して義務を負うのだ、と告げる……。
第一部で過去の事件を描き、第二部ではメーガンが刑期を務めあげ、外の世界に戻ってきた「二十年後」の顛末が描かれる。本書の原題は〝THE PACT〟。「契約」という意味だ。かつての仲間たちは、みな、メーガンに払うべき「義務」がある……。メーガンの存在は、それぞれ成功を収めた五人の人生を脅かし始める。タリサの家でのランチパーティの場面などは特筆ものだ。メーガンの思惑が分からず恐怖するかつての仲間たちと、殺人犯であると聞かされてにわかに警戒しだす彼らの家族と、双方の緊張感の凄まじさにゾクゾクさせられる。そして、肝心のメーガンの言動が、またコワい。終盤まで息もつかせぬツイストの連続で驚かせてくれるし、実にゾッとするような名場面も多く、大満足のサスペンスだった。
最後に驚いたのが、作者について。なんと、東京創元社で『三つの秘文字』『毒の目覚め』『緋の収穫祭』が邦訳されたS・J・ボルトンと同一人物だったのだ。この三作はいずれも因習深い土地での謎解きミステリである。今はこんなにも端正なサスペンスを書いているのかと思うと、作者の多才さにも驚かされる。
『身代りの女』
シャロン・ボルトン 訳/川副智子
新潮文庫
評者=阿津川辰海