田口幹人「読書の時間 ─未来読書研究所日記─」第24回

田口幹人「読書の時間 ─未来読書研究所日記─」

「すべてのまちに本屋を」
本と読者の未来のために、奔走する日々を綴るエッセイ


 季節外れの暑さが続いているが、朝晩の涼しさは秋の気配を感じるようになってきた。この原稿が公開される頃には、コートが恋しくなっているかもしれないが。

 10月17日、楽天グループ株式会社が運営するオンライン書店「楽天ブックス」は、10月27日から始まる「秋の読書週間」に先駆けて、「楽天ブックス」ユーザー10,096名を対象に実施した「読書に関する調査」結果を発表した。

「◯◯の秋」と言えば何を思いつくかを聞いたところ、1位の「食欲の秋」(74.0%)に続き、「読書の秋」(59.1%)が2番目に多い結果となり、今年の「秋の読書週間」期間中に読書をする予定があるかを聞いたところ、半数以上の人が「ある」(51.3%)と回答したとのことだった。

Rakutenブックスアンケートより

楽天プレスリリース10月17日付より

Rakutenブックスアンケートより

楽天プレスリリース10月17日付より

 そう、秋と言えば読書の季節なのだ。涼しくなってきた秋の夜長に、ゆっくりと本を読む。いい季節ですね。今年の夏は例年以上に暑かったこともあり、もう一年中「秋」だったらいいのに、とさえ思ってしまう。

 楽天ブックスの「読書に関する調査」には、すごく興味深い設問があった。

Rakutenブックスアンケートより

楽天プレスリリース10月17日付より

 本を選ぶ際に参考にするものを世代別で聞いたところ、20代から30代の世代では「書店」が1位となった一方で、40代以上のユーザーの間では「インターネット検索」が多かったそうだ。20代から30代の間では、本を実際に手に取れる書店で本を選びたいというニーズが高い一方、40代以上の間ではインターネットを使って手軽に読みたい本を探す傾向が見られ、「オンライン書店などの通販サイト」については、20代から60代以上の全年代で3位にランクインしたということだった。

 やはり書店は、本と読者をつなぐ大切な場所なのだと強く感じたと同時に、かつて僕が書店を無くしてしまったまちのことを考えた。楽天ブックスの調査は、20歳以上を対象としているのだが、19歳以下を対象とした場合も、やはり書店が本を選ぶ際に参考にするものであるのだろうと想像がつく。

 あのまちから本屋を消したことに対する申し訳ないという気持ちは、今もなお消えていない。当初は、創業者である祖父母や、そのたすきを受け継いだ父と母に対する想いが強かったが、今はあのまちの子どもたちに本のある場を残せなかったという気持ちの方がはるかに強く、地元に足を踏み入れることに怖さを感じてさえいる。そしてまた考えてしまうのだ。まちにとって本屋ってなんだろうか、と。

 そんなことを考えても意味もなく、そして、住民にとっては、「ひとつの書店が閉店しただけ」であり、特段暮らしに影響があったわけではないということも分かっているのだが。それでも考え、悩み続けているということは、僕の書店廃業はまだ終わっていないということなのだろう。

 ことの経緯は、小説丸「源流の人 第20回 ◇ 田口幹人(合同会社 未来読書研究所 代表)」をお読みいただきたい。

 
 あれこれと地元のことを考えていた矢先、すごく嬉しいニュースが飛びこんできた。

「県外生徒受け入れる 西和賀高校 志願者増え 来年度学級増へ」(NHK NEWS WEB10月18日付)というニュースだった。僕の地元である岩手県西にしまちにある唯一の県立高校である西和賀高校は、過疎化と少子化で定員割れが恒常化していたが、官民一体となった特色ある学校運営を粘り強く進めてきた結果が実を結んだのだ。

 少子化の影響で学校の統廃合が進んでいる状況下、県立高校の学級数が増えるのは異例で、県教委も「将来的な関係人口(移住した「定住人口」でもなく、観光に来た「交流人口」でもない、地域と多様に関わる人々を指す言葉。総務省HPより)の構築も期待できるいい事例だ」として注目を集めているという。

 岩手県と秋田県の県境に位置する、人口4,700人ほどの小さな町である。国の自然環境保全地域や国定公園に囲まれた豊かな自然、温泉や特産品などの観光資源に恵まれているが、日本有数の豪雪地帯であり、市街地へ出るには車で1時間以上かかる地域である。高齢化率は、2022年10月時点で52.5%と、県内では最も高い水準で、日本全国の自治体の中でも50番以内にランクインしており、少子高齢化が進む地域となっている。

 そんな地域にある唯一の高校である岩手県立西和賀高校は、過疎と少子化の影響で、長い間、定員割れに悩まされてきた。1990年代前半からは積極的に生徒の確保に乗り出し、95年度には普通科に「福祉・情報コース」を新設(2020年3月末廃止)して特色化を進めてきたが、すぐには生徒の増加に結び付かなかった。

 しかし、まさに官民一体となり、町に県立高校をという強い想いを持ち、粘り強く活動を続けてきた。高校では、町と協力しながら県外の生徒を受け入れる「いわて留学」に力を入れ、この春は地元の西和賀町や北上市のほか、県外からの生徒など44人が入学し、県内に11ある1学年1学級の学校で唯一、定員を満たしたという。このため、来年度の入試は臨時の措置として、定員を現在の1学年1学級40人から、2学級80人に増やす方針を固めるに至ったのだ。

 関係人口の創出は、地方にとって大きなテーマとなっている。地方創生、地方から日本を元気に、という声が高まっている中で、西和賀高校と西和賀町行政、住民の活動は大きなヒントになるのではないだろうか。

 
 おいおい!未来読書研究所日記なのに、本や本屋に関する話がないじゃないか、となってしまうので、ここで本のお話を。

 僕は、店舗を構える書店だけが本屋なのではなく、自分のフィルターを通じ、誰かに本を届ける活動をしている人も「本屋」なのだと仮定した場合、もしかしたらまだやれることがたくさんあり、本の未来の数だけ、「本屋」の未来があるのかもしれないと考えている。

 僕は、書店を経営しているが、店頭で本を売り、読者に直接手渡す環境にはない。それでも、育ててくれたまちの明るい話題に便乗して本を紹介させていただきたい。

 
 まずは、『沢内村奮戦記―住民の生命を守る村』(太田祖電、増田進、田中トシ、上坪陽共著/あけび書房 1983年刊)である。乳児死亡率が当時日本一だった「豪雪、貧困、多病」の村が、村長や行政、医療従事者による村ぐるみの奮闘によって改善されていく実録である。広聴・広報活動の大切さや、対話を繰り返すことで見出した未来への指針が描かれている。行政職員や専門家が上から指示するのではなく、徹底して住人の日々の生活に寄り添うことの重要性、さらにそれは保健行政を所管する部局だけの問題ではなく、村政の礎が村民の健康であるという考えから、医療部局の赤字だけを見ず、村全体での収支で命を支える政策を推し進めた結果、貧農の村から明るい村へと変貌させ、乳児死亡率の低下を導いた。

 続いては、『村長ありき―沢内村深沢晟雄の生涯』(及川和男著/れんが書房新社 2008年刊)である。『沢内村奮戦記―住民の生命を守る村』に記されている岩手県沢内村の生命尊重行政の旗振り役だったふかさわまさ村長の生涯をまとめた本である。この岩手県沢内村は、実は私の実家の村(現西和賀町)だ。貧村を、全国で初めて乳児死亡率ゼロを達成した村にするまでの深沢氏の考えの根底に流れていたものはなんだったのだろうか、なぜその時にそうしなければいけなかったのかが綴られている。本書は、れんが書房新社で復刊される前、新潮社から出版(1984年刊)されており、その後、日経ビジネス人文庫に移り、『「あきらめ」を「希望」に変えた男』(2001年刊)というタイトルでも出版されている。

 この2冊の奮闘の記録は、まさに95年度西和賀高校に福祉・情報コースが新設される背景となっており、深沢村長が掲げた「生命尊重」の理念を西和賀町として引き継ぎ、医療・福祉制度を築いてきた町の復興を担う人材を、町を挙げて育むという行動の原点を知ることができる。

 僕には、本を紹介することぐらいしかふるさとに貢献することができないが、少しでも西和賀町のすばらしい取り組みを多くの方に知っていただくきっかけになれたらと思っている。それもまた本屋なのだとも。


田口幹人(たぐち・みきと)
1973年岩手県生まれ。盛岡市の「第一書店」勤務を経て、実家の「まりや書店」を継ぐ。同店を閉じた後、盛岡市の「さわや書店」に入社、同社フェザン店統括店長に。地域の中にいかに本を根づかせるかをテーマに活動し話題となる。2019年に退社、合同会社 未来読書研究所の代表に。楽天ブックスネットワークの提供する少部数卸売サービス「Foyer」を手掛ける。著書に『まちの本屋』(ポプラ社)など。


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