吉川トリコ「じぶんごととする」 12. まだその名前を知らない 前編

じぶんごととする 12 まだその名前を知らない 前編

作家・吉川トリコさんが自身の座標を定めてきた、あるいはこれから定めようとするために読んだ本を紹介するエッセイです。


 ドアや抽斗を完全に閉められない。洗濯ものを畳むときや洗いものをするとき、完全にやりきることができずにひとつかふたつ残してしまう。人が話しているときや映画を観ているときなど、決してつまらないわけじゃないのにほかのことを考えてしまったりする。インタビューやトークショーなど、人前で話すときに、つい思ってもいないようなことを口走って自分でもびっくりすることがある。Aの作業中、これが終わったらBをやろうと考えたとたん、Bのことで頭がいっぱいになって途中でAを打ち切ってBをはじめてしまう。「Cがほしい」とか「Dが必要」と一瞬でも思ったらもうそのことで頭がいっぱいになってすぐにでも家を飛び出して買いに走るか、ネットで注文せずにはいられない。気が散る。とにかく気が散る。そうかと思ったら、過集中状態で猛然となんらかの作業をやり続けることがある。眠い。とにかく眠い。片づけも細かい作業も事務作業も苦手。不注意で転んだり、体をあちこちにぶつけたりすることが多く、青痣や生傷が絶えない。身動きが取れない狭い場所(新幹線や飛行機の窓側の席など)に押し込められると、息が詰まったようになる。家族以外の人と会ってしゃべったり、情報量が過多になったりすると、しばらく頭の中が騒がしくてなにも手につかず眠れなくなる。旅行の前日や小説のアイディアを思いついたときなんかも、脳がびっかびかになって眠れない。思考があっちこっちへ飛び、前後の文脈関係なくしゃべったり文章を書いたりSNSに投稿したりしてしまう。順序立ててものを考えることができず、なんでも見切り発車ではじめてしまう。よってこの原稿も見切り発車で書きはじめている。

 ひとつひとつはたいしたことではないけれど、列挙するとなんとなくの傾向が見えてくる。発達障害についてまだ世間の認知度も理解度も低かったころ、「がさつ」「だらしない」「ものぐさ」「落ち着きがない」「注意力散漫」と家族から言われ、自分でもそうだと思い込んでいたが、最近SNSなどで当事者の発信を目にする機会が増え、もしかしたら自分もこれなのではないか、なんらかの障害あるいはその傾向があるのではないかと思いはじめたのはここ数年のことである。

発達障害かと思ったら統合失調症の一部でした

『発達障害かと思ったら統合失調症の一部でした』
遠藤一同
イースト・プレス

 とりわけ遠藤一同さんの『発達障害かと思ったら統合失調症の一部でした』を読んだときはほんとうに驚いた。矛盾するようだが、こんな経験をしているのは私だけなんじゃないだろうかという不安と、多かれ少なかれみんな同じようなもんだろうという楽観が同居していて、だから遠藤さんの経験が自分と一致しているということにも驚いたし、「特別なこと」として描かれていることにも驚いた。それまでまったく関連がないと思っていたひとつひとつの特性が、一本の線で結ばれたことにも驚いた。遠藤さんと共通点が多いということは私も統合失調症の一部なのだろうか、しかしいろいろ調べていくとどうもADHD(注意欠如・多動症)傾向が強そうだし、ASD(自閉スペクトラム症)も若干ありそう、そんでも病院に行くほど困ってるわけでもないからまあいっか、と今日まで放置してきた。

『発達障害かと思ったら統合失調症の一部でした』には、仮になんらかの特性があったとしても「・日常生活に支障がある場合→症状 ・日常生活に支障がない場合→性格」とあったし、黒坂真由子さんの『発達障害大全』によると、日常生活に大きな困りごとがなければ障害の診断はつかない、そもそも病院へ行って診断を受ける必要がないとあったから、いわゆるグレーゾーンか、その手前ぐらいのところに該当するんじゃないかと自分では思っている。

発達障害大全

『発達障害大全』
黒坂真由子
日経BP

 自覚が芽生えたとたん、そういうものだと受け入れ、ある程度のことは回避したり対処したり改善したりできるようにもなった。新幹線や飛行機では必ず通路側の席を取るようにしているし、打ち合わせなどで向こうが気を遣って奥の席をすすめてくれることもあるが、「トイレが近いんで」と言って手前の席に座らせてもらったりする。ちゃんと意識するようにすれば最後までドアや抽斗は閉められるし(最近引っ越したばかりの新居のドアはほとんどがソフトクローズなので助かっている)、洗濯ものも洗いものも完遂できる。仕事は短期集中型で、午前中の二、三時間で原稿を書き、あとはゲラをチェックしたりメールの返信をしたり資料を読んだりする。衝動買いをしそうになったら、「これは衝動である」と自分に言い聞かせると、そのうちおさまったりする(おさまらないときは買うしかない)。人と会うときは、その翌日を捨てるつもりでスケジュールを立てる。ときどき眠れなかったりすることだけが困りものだが、これに関しては医師に相談して睡眠薬を処方してもらうのがいいかもしれない。

 ──とここまで書いたところでルンバがおかしな音を立てはじめたので、急いで見にいったらローラーがまっぷたつに割れていた。たちまち原稿どころじゃなくなって、あわててカスタマーセンターに問い合わせをし、なんやかんやあって、こうしてまたパソコンの前に戻ってきたところである。

 こういうことはしょっちゅうある。オンラインヨガのレッスン中に「米を研がないと」と一瞬でも頭をよぎったらもうだめ。ヨガというのは集中力向上のため、リラクゼーションのためにやるものなんじゃないかと思うのだが、レッスンそっちのけでそそくさとキッチンに行って米を研ぎ、そうこうしているうちに洗濯機の音が鳴って今度はそっちに気を取られ、すると今度は物干し場に溜まっている段ボールが気になってつぶしにかかり、あっ、そういえばヨガのレッスン中だったっけとはっとして、ヨガマットの上に戻るころにはレッスンが終わっている。こんな調子でやりかけのまま放置してあるものが家のあちこちにちらばっているのだが、次に前を通りかかったときにはすでにそれをやるモードじゃなくなっているのでそのまま素通りし、ひどいときには年単位で放置したりする。だから家の中はつねに散らかっている(最近は家事や日常のやるべきことをアプリでタスク化して管理するようになったので、いくらかましになりました)。

 集中力がないのもそうだけれど、おそらく「忘れてはならない」という不安が強いせいなのだと思う。米を研ぎ、浸水させ、さらに水切りまでするとなると、季節にもよるが炊飯の二時間前には米を研いでおきたい。うっかり忘れてしまったら大変なことになる——別にそれならそれでそうめんを湯がいたり、サトウのごはんで代用すればいいじゃないかとこの原稿を書いているいまは思うが、いざその不安に取り憑かれてしまうとそんな冷静さはどこかへ消え、ヨガのレッスンを放り出してキッチンに飛んでいってしまうわけである。

 ADHDの人は遅刻や忘れ物が多いというけれど、私の場合はせっかちなのと不安が強い(前回にも書いたが「人に迷惑をかけてはいけない」の呪いがとりわけ際立っている)おかげで回避できているようなところがある。待ち合わせや締切にはかなりの余裕をもってのぞむし、旅に出る一週間以上前から荷造りをはじめたりもする。飛行機の時間に遅れたり、パスポートを忘れてあせる夢をしょっちゅう見るので、旅に出る前は十回ぐらいパスポートを確認するし、国際線に乗るときは二時間といわず三時間前には空港に着いていたい。この性質でとくに困ることはないけれど(目的地に早く到着しすぎて時間をもてあますぐらい)、それはそれでなにかが過剰だなあと自分では思う。

あらゆることは今起こる

『あらゆることは今起こる』
柴崎友香
医学書院

 柴崎友香さんの『あらゆることは今起こる』は、ADHDの診断をうけた著者が、自身の経験や感覚や認識、過去と現在の状況などを克明に書いたエッセイで、どの章も興味深く、またたいへん読みやすかった(「余談」という形でその節に関連した、けれど本編に入れると脱線になってしまう話題があとからいくつもつけ足されていて、これがADHD的な脳にとても心地がよかった)のだが、なぜか「自分を超えられること」というタイトルのついた節だけがまったく読めなかった。何度も読もうとはしたのだけど、これがもうほんとうにまったく頭に入ってこないのである。柴崎さんが飛行機に乗り遅れそうになったり、北海道で電車を乗り間違えて大わらわした経験について書かれているのだが、私にとってあまりにも恐ろしい恐怖体験だから、脳が受け入れを拒否しているのかもしれない。本を読んでいるとまれにこういうことが起こるんだけど、その理由までは考えたことがなかったし、考えたところで「難しくて理解が追いつかないのだろう」などとぼんやりしたことを思うぐらいだったので、これにはほんとうに驚いた。

『発達障害かと思ったら統合失調症の一部でした』を読んだときもそうだったが、『あらゆることは今起こる』を読んでいてもある部分では自分と同じだけれど、一方の部分ではちがっていたり、困りごとの深刻さや特性の表れ方がちがっていたりして、やっぱりみんながそれぞれ、それぞれの状況を生きているのだなあ、これこそが多様性だよなあなどと思ったりした(だからいろんな人の状況が書かれたものを読みたいし、私もいまこうして書いている)。

 それにしても「眠い」がADHDの症状の一種だとは知らなかった。私の場合、朝起きて数時間のうちは頭が冴えているが、午前中に集中して仕事すると、昼過ぎには猛烈に眠くなる。一時はいわゆる血糖値スパイクなのではないか、もしかして更年期なのでは? と疑ったりして、対策をとったり検査したりもしたのだが一向に改善されず原因もわからないままだったところへ、今回『あらゆることは今起こる』を読んで、ADHDの症状なのだとわかってすっきりした。

「昼過ぎに眠くなる」と訴えると、たいていの人が「私もそうだよ」「昼食後に眠くなるのは人類みな同じ」といったような答えを返すので、そうか、みんな同じか、と思ってやりすごしていたのだが、しかしどうやっても眠くて頭がぐわんぐわんしてくるので、毎日三十分ぐらい昼寝をとるようにしている。というか、昼寝をとらないと指一本動かせないぐらいの状態になってしまうのだ。

 よくよく考えてみたら、午前中に集中して仕事するようになってから自覚するようになった症状なので、とにかく脳が疲れているのだろう。若いころは昼夜逆転していたり、原稿をやる時間帯がばらけていたりしたのでなかなか気づけなかった。最近は昼食の前に眠くなったりするから、どう考えても血糖値スパイクではなさそうで、それにはほっとしたけれど、ADHDの症状だとわかったところで投薬するほど深刻なわけではないし、昼寝するぐらいしかいまのところ対策がなさそうなのは、それはそれでやれやれではある。

 ──ここまで書いたところでうっすら眠くなってきたので、続きは明日書くことにして昼寝します。というか、ここまで書くのにすでに三日ぐらい(正確に書くと、「三午前中」)費やしてるんですけどね……。

(次回は10月8日公開予定です)


吉川トリコ(よしかわ・とりこ)

1977年生まれ。2004年「ねむりひめ」で女による女のためのR-18文学賞大賞・読者賞受賞。2021年「流産あるあるすごく言いたい」(エッセイ集『おんなのじかん』所収)で第1回PEPジャーナリズム大賞オピニオン部門受賞。22年『余命一年、男をかう』で第28回島清恋愛文学賞を受賞。2023年『あわのまにまに』で第5回ほんタメ文学賞あかりん部門大賞を受賞。著書に『しゃぼん』『グッモーエビアン!』『戦場のガールズライフ』『少女病』『ミドリのミ』『光の庭』『マリー・アントワネットの日記』シリーズ『夢で逢えたら』『流れる星をつかまえに』『コンビニエンス・ラブ』など多数。
Xアカウント @bonbontrico


 

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