吉川トリコ「じぶんごととする」 9. 「自分らしく」おしゃれするってなに?

じぶんごととする 9 「自分らしく」おしゃれするってなに?

作家・吉川トリコさんが自身の座標を定めてきた、あるいはこれから定めようとするために読んだ本を紹介するエッセイです。


 突然ですが、「自分らしく」生きてますか? 「自分らしさ」がどんなものであるかご存じですか? その「自分らしい」と思っているもの、自分がいま好きだと思っているもの、それはほんとうに自分の本心から湧き出るオリジナルですか? そう思わされているだけでなく?

 かくいう私はいまだ迷走中。四十六歳にもなって「自分らしさ」ってなんだろうといった青臭いことを考えているとは思わなかったが、確固たる自分の核を持たず、ふわふわと根っこが定まらずにいるところが私らしいといえば私らしい気もしなくもなかったりして、自分らしさってほんとうになんなんでしょうね。

 たとえばスニーカー。スニーカーってどうやって選んでますか? 私はナイキやアディダスやニューバランスのような代表的なスニーカーブランドとファッションブランドのコラボスニーカーを発売日に狙いはするのだけど、その手のスニーカーって店頭で買おうとすると行列必至だし、オンラインショップだとなかなかアクセスできず、更新ボタンを押したらもう売り切れ、みたいなことになるじゃないですか。なりますよね? なんで? なんでそんなことが起こるの? そんだけほしい人がいるならはじめからもっと大量に作ったらいいのに、あるいは予約制にすればいいのになんで? 付加価値をつけるため? スニーカービジネスまじで意味わかんない! といった思いから「買えないスニーカー」を心の底から憎むようになったのだが、じゃあそのスニーカーがほんとうに心の底からほしかったのかどうかと訊かれると、いやほしいのはほしかったけど、過熱するスニーカー争奪戦(聞くところによると最近はだいぶ落ち着いてきたそうですが、実際のところどうなんでしょうか)に巻き込まれ、射幸心をあおられていただけで、ぜったいになにがなんでもそれじゃなきゃいけないなんてことはなく……などとごにょごにょもぞもぞしてしまいはする。するのだが、しかし、福岡に旅行中、たまたま入ったセレクトショップにハイクとナイキのコラボスニーカーが売れ残っていたときは、飛びあがってすぐさまお買いあげしてしまったのであった。

 なにが言いたいかっていうと、あなたがいま履いているそのスニーカー、ほんとうにそれ、心から気に入って買ったものですか? ということを言いたかったのである。スニーカーの選び方がわからない私は、たとえば「テック系のスニーカーがいま流行ってるらしいからひとつほしいな」と思ったとする(「スニーカーがほしい」ではなく「テック系のスニーカーが流行ってるらしいからほしい」という発想からして問題ありという気がするがひとまずおいておく)。しかし、テック系と一口に言ってもどれを買っていいのかわからないから、「ハイテク スニーカー おしゃれ」で検索をかける。あるいは雑誌のスニーカー特集なんかを見たりして、このブランドのこの型がどうやらいまおしゃれらしいと「学習」し、そのブランドのその型で検索をかける。すると、だいたいどれも人気炸裂で売り切れていたりする。そうしてますます「買えないスニーカー」を憎むようになっていく。しかし、しかしである。先日、人気の型の新色が出ているのをたまたま見つけ、自分の好みの色やデザインではないのに、「売り切れる前に買わないと!」と思ってついうっかりお買いあげしてしまったのであった。

 これってなに? なんなの? いったい私の中でなにが起こったの? 私はだれに操作されているの? 四十六歳にもなってそんなことしてるやつ他にいる? 私だけだったらどうしよう! ……とか言いながら、たったいまサイトを確認してみたら当該のスニーカーが予想したとおり売り切れていたので、「やっぱり買っておいてよかった!」と思ってしまった。もうなにがなんだかわからない。私は私がわからない。

 思えば昔から私はそうだった。自分の好きを追求したいわけでも心からおしゃれを楽しみたいわけでもなく、人からおしゃれに見られたくておしゃれの記号を買い求める。そういうなめた態度でおしゃれにのぞんでいたから、いまだに「自分らしさ」がわからないし、おしゃれのなんたるかもよくわかっていない。

 文化地図の回でブックガイド的なものを頼りに地図をひろげていったと書いたが、おしゃれに関してもそういうところがあって、古いところだと『SONYA’S SHOPPING MANUAL 1 TO 101—ソニアのショッピングマニュアル』や辺見えみりや梨花のスタイルブック、『K.K closet スタイリスト菊池京子の365日』、それから雑誌『GINZA』の2016年1月号の付録「True Standards 100」といったガイドブックを参考に、これまでちまちまとおしゃれアイテムを買い集めてきた。自分でもいやらしいと思うのだが、センスがいいとされるものを嗅ぎつける嗅覚だけはあるので、おかげでいまや我がクローゼットには名品と呼ばれる「まちがいのない」おしゃれ記号の数々がそろっている。

 しかし、果たしてそれがほんとうに自分のスタイルなのかと訊かれたら、もちろん大きな声で「NO!」と答える。堂々たる「NO!」である。見る人が見ればおしゃれな記号で埋め尽くされたクローゼットに見えるかもしれない。だがこのクローゼットの持ち主の精神構造は、わくわくするようなおしゃれへの冒険心や探求心からはかけ離れている。全身ファストファッションだろうと自分らしくおしゃれを楽しんでいる人はいるだろうし、おしゃれとかぜんぜん興味がなくてただそのへんにあった服を着てるだけの人のほうがよっぽど自分らしいと言えるだろう。おしゃれの記号を身につけているだけで、むしろだれよりもダサいカタログ人間、それが私である(自分で書いてて悲しくなってきた)。


吉川トリコ(よしかわ・とりこ)

1977年生まれ。2004年「ねむりひめ」で女による女のためのR-18文学賞大賞・読者賞受賞。2021年「流産あるあるすごく言いたい」(エッセイ集『おんなのじかん』所収)で第1回PEPジャーナリズム大賞オピニオン部門受賞。22年『余命一年、男をかう』で第28回島清恋愛文学賞を受賞。2023年『あわのまにまに』で第5回ほんタメ文学賞あかりん部門大賞を受賞。著書に『しゃぼん』『グッモーエビアン!』『戦場のガールズライフ』『少女病』『ミドリのミ』『光の庭』『マリー・アントワネットの日記』シリーズ『夢で逢えたら』『流れる星をつかまえに』『コンビニエンス・ラブ』など多数。
Twitter @bonbontrico


 

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週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.137 大盛堂書店 山本 亮さん