週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.137 大盛堂書店 山本 亮さん

目利き書店員のブックガイド 今週の担当 大盛堂書店 山本亮さん

 数多くの人が住む東京を、様々な角度から描く小説と言えば、麻布競馬場『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』を思い出す。2022年の刊行当時「 Twitter 文学」「タワマン文学」と称されて記憶している人も多いだろう。

 次回作へのハードルが上がったなかで発表された新刊、『令和元年の人生ゲーム』は、Z世代と呼ばれる20代男女の東京での日常を綴った作品だ。現状にもどかしさと疑問を持つ就職前後の登場人物たちの想いと悩みなど、あらゆる世代にとって考えさせられる内容となっている。

令和元年の人生ゲーム

『令和元年の人生ゲーム』
麻布競馬場
文藝春秋

 本書は平成28年から令和5年にかけての全4話で構成されている。第2話だけ女性が主人公だが、個人的にはその第2話 「平成31年」がお薦めだ。主人公の「私」は23歳。有名私大を卒業し、都心にある人材系最大手企業に新卒採用される。父はニューヨーク駐在の商社マンで、日本に残った母と同居し東京近郊から会社に通う。今まで順調に進学し家族内でも特に不満も無い人生を送ってきたが、仕事に慣れるうちに考えを深めていく。

「仕事だけが人生じゃない」
「何もしたくないけれど、でも誰かより少しだけ勝っていたい」
「仕事以外に存在するであろう自分の人生のゴールを明確に理解しているか、熱心に探そうとしている」

 そんな同世代の意識に対する「私」の立ち位置が興味深い。そして社内外の人々を冷静に分析し、自分に何ができるのかを考える。例えば皮肉屋で癖のある男性や、他人からの厚意を躊躇なく自然に受け入れられる女性。様々な同僚や上司を見ながら、やがて「(相手が)欲しいものを、欲しい分量で相手に届ける」という、とてもシンプルだけど、とても難しい答えにたどり着く。

 また肉親の愛情という点でも、「私」と母との関係に注目したい。先ほどの「相手に届ける」ことにも通じる話だと思う。専業主婦の母はいつも「私」の食事や帰宅時間を心配をしながら、無償の愛を注いでくれている。 それは家族同士という枠にいることが理由なのか。自問自答しているうちに、「自分のことが、致命的な欠陥を抱えた人間に思えて、私は惨めったらしい不安に襲われる」のに気づいてしまう。人から受け取る感情の扱いに試行錯誤しながら、心から求める大切な何かを届けたい相手は、果たして今この家と仕事のなかにいるのか。自分の心に正直に生きようとする一人の女性の行動に、最後まで目が離せない。

 他の各話でも、大学内のベンチャービジネスによる学生同士の意識高い感じのやり取り、年長者やシェアハウスでの同居者との違和感など、様々な20代の想いを描いていて興味深い。やがて努力の量と成果が、決して比例しない残酷さを世間から突きつけられても、ゴールに向かい続ける描写の数々は身につまされる。そのなかである主人公の男性が、そっと呟くのがとても印象的だった。

「人生とは、次々と出くわす交差点をすり抜けて誰かを置き去りにしながら走ってゆく行為の連続なのかもしれない」

 どの選択が正しいか判断できず、孤独に人生を走り続けるのか。満足な答えは出ないかもしれない。しかし人間が考え続ける行為は、誰でも平等に与えられた権利だと、読後に気づく。その上で著者の大きな狙いは、自分へ無関心にならず、いつでも人生に向き合ってほしいと伝えることにも思える。そして改めて東京で将来何者になれるのか、悩む登場人物を通じて、色々な想いを巡らせる。これから「小説家」としても生きていく著者の本気を、この作品から感じてほしい。

 

あわせて読みたい本

君の背中に見た夢は

『君の背中に見た夢は』
外山 薫
KADOKAWA

 小学受験の合格とは運に任せて与えられるものなのか。それとも幼い子どもへ、時には無理を強いる後ろめたさを打ち消し、勝ち取るものなのか。日常の一挙手一投足まで意味を求められる生活に、親として疑問を持ちながらも、子どもには後悔をしない人生を送ってもらいたい。そしてどんな選択をしても、頑張る家族たちがこれからも幸せであるように。とても読み応えのある家族小説に仕上がっている。

 

おすすめの小学館文庫

ロスねこ日記

『ロスねこ日記』
北大路公子
小学館文庫

 愛する猫がいない世界。喪失感は消えないが、著者が育む今まで想像しなかった新たな生の息吹に、こちらも笑みが浮かぶ。また悲しみを目の前の生物により飼い慣らしながら、かつて生活を共にした掛け替えのない喜びを思い出す。生きることとは、今と過去の忘れられない出来事を両天秤にかけて、行きつ戻りつするものかもしれない。これからも折に触れて、ページを開きたくなる素晴らしいエッセイだ。

山本 亮(やまもと・りょう)
大盛堂書店2F売場担当。担当ジャンルは文芸、ノンフィクションなど。毎年必ず一回は読む小説は谷崎潤一郎『細雪』。


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