吉川トリコ「じぶんごととする」 6. 本の海におぼれたい

吉川トリコ じぶんごととする 6 本の海におぼれたい

作家・吉川トリコさんが自身の座標を定めてきた、あるいはこれから定めようとするために読んだ本を紹介するエッセイです。


「新しい本が出たという情報をどうやって知るの?」
 いまから二十年以上前、音楽好きの友人に訊かれてとっさに答えられなかった。音楽ならそれぞれのジャンルに合わせた音楽誌が何冊も出ているし、新譜が出ればミュージシャンがみなこぞってプロモーションで露出する。町の中心部にある大型CDショップ(タワーレコードやHMV)に行けば、それほどメジャーとはいえないミュージシャンの新譜でも試聴することができた。あとは財布と相談しながら、これぞという一枚を選べばいい時代だった。

「そういう雑誌があるにはある」
 困った末になんとかそう答えたが、自分で答えておきながらいまいち納得はしていなかった。頭の中にあったのは『ダ・ヴィンチ』だが、特集によってごくたまに買うことはあってもそこまで熱心な読者ではなかった。そうかといって『ぱふ』や『活字倶楽部』はまたちょっとちがうし……。

「いや、ふつうに書店に行けばいいんだよ」
 いまだったらそう答えるだろう。書店の新刊棚を見て立ち読みすることが、CDショップでの試聴にあたるということが当時は結びつかなかったのだ。

 なぜかって答えは単純で、私自身にその習慣がなかったからだ。当時は生活するのに精一杯で新刊本を買うようなお金なんてなく、古書店で文庫本を買うという選択肢しかなかった(単行本は古本でも高くて買えなかった)。お金はないけど時間だけはあったので、町のちいさな古書店もブックオフに代表される新古書店もしらみつぶしに端から順に棚を見て、欲しかった本を安く手に入れたり、まったく知らない作家のまったく知らない本に出会ったりしていた。

 それから、名古屋といえばヴィレッジヴァンガード発祥の地である。いまではすっかりサブカル版ドン・キホーテと化してしまったけれど、当時はすごく刺激的でかっこいい書店だったのだ。植田の本店をはじめ市内のあちこちにあった店舗に足しげくかよっていたが、新刊本というよりは新旧さまざまなサブカル情報を浴びにいく場所だと認識していた。十代の私にとって、書店といえば古本屋かヴィレッジヴァンガードの二択だったのだ。

 音楽も映画も同様で、『ロッキング・オン』を熟読して選び抜いた新譜を買うこともあったけれど、だいたいは中古CDショップやレンタルビデオショップをはしごし、ジャケットやタイトルでぴんとくるものをディグっていた。

 文化資本の乏しい家庭に生まれた地方の文化系キッズで、九〇年代に多感な時期をすごした人はみな似たような青春をすごしていたんじゃないだろうか。そんなことを思ったのも、京都の書店「誠光社」の店主である堀部篤史さんが書いた『90年代のこと 僕の修業時代』を読んだのがきっかけだった。

90年代のこと

『90年代のこと 僕の修業時代』
堀部篤史
夏葉社

 ミックステープ文化や『ツイン・ピークス』、メジャーとマイナーの対立、文化系の友人たちとの刺激的な関係性とその挫折、『ガロ』や『クイック・ジャパン』や『 TV Bros. 』などオルタナティブを示してくれた雑誌の魅力、当時のダウンタウンや『笑っていいとも!』がお茶の間に及ぼしていた影響とその終焉しゅうえん。スマートフォンも Amazon も Google もなかった時代の回顧録である。

 七七年生まれで同い年の堀部さんが書く当時の空気は、私にも肌でわかるものだった。京都と名古屋では文化的な土壌もちがうし(「恵文社一乗寺店」と「ヴィレッジヴァンガード」だけとってみてもえらいちがい!)、堀部さんが愛好していたものや見てきたものすべてに親しんできたわけではない。それでも、たんたんとした文章で精緻に綴られるごく個人的な九〇年代の風景にめまいがするほど郷愁をかきたてられた。いまの言葉でいうなら「エモさ」を極力排除しているにもかかわらず。

 スマホ依存の強い私はいまさらスマホを手放すことなんかできそうにないが、ものや情報であふれかえる現代にいささか疲弊してもいる。SNSを眺めているだけで面白そうな新刊本や最先端の音楽、いま観ておくべき映画や配信ドラマの情報が飛び込んでくるし、サブスクも動画配信もあるから安価で気楽に文化にアクセスでき、ディグに時間を費やす必要もない。そのかわりあれもこれも読まなくちゃ、あれもこれも観なくてはとリストを消化するためつねに時間に追われ、ひとつのコンテンツをしゃぶりつくすようなこともなくなった。一生かかっても飲みきれないんじゃないかと思うくらいにクラフトビールの種類も増え続け、焦燥ばかりがかきたてられる。十代のころはあんなにも切実にオルタナティブを求めていたのに、オルタナティブだらけのこんな世の中じゃ……!

 堀部さんも書いているとおり、昔はよかったというつもりはないけれど、これ以上美味しいビールはいらないと私も思う。一生アサヒスーパードライでいく。どうせおぼれるなら情報の海ではなく本の海におぼれたいものである。


吉川トリコ(よしかわ・とりこ)

1977年生まれ。2004年「ねむりひめ」で女による女のためのR-18文学賞大賞・読者賞受賞。2021年「流産あるあるすごく言いたい」(エッセイ集『おんなのじかん』所収)で第1回PEPジャーナリズム大賞オピニオン部門受賞。22年『余命一年、男をかう』で第28回島清恋愛文学賞を受賞。2023年『あわのまにまに』で第5回ほんタメ文学賞あかりん部門大賞を受賞。著書に『しゃぼん』『グッモーエビアン!』『戦場のガールズライフ』『少女病』『ミドリのミ』『光の庭』『マリー・アントワネットの日記』シリーズ『夢で逢えたら』『流れる星をつかまえに』『コンビニエンス・ラブ』など多数。
Twitter @bonbontrico


 

呉 勝浩 『Q』
◎編集者コラム◎ 『土下座奉行 どげざ禁止令』伊藤尋也