「妄想ふりかけお話ごはん」平井まさあき(男性ブランコ)第19回

19.「もっている、もっていない」
「もっている」「もっていない」という話がある。我々芸人でいうなら、例えば、屋外ロケの仕事があるとする。その際の天候が晴れていたら「いやあ、もってるねえ」、反対にざんざ降りの雨ならば、現場は混乱、運が悪ければ、後日に持ち越しなどになってしまい、そんな天候を連れてきたのは我々となり「もってないねえ」などと評されることがある。
「もってるねえ」の時ならばまだいい。だが、「もってないねえ」などと言われたら、こちらのやる気に満ちたもぎたてフルーツのような肉厚ぷりんぷりんな心は、ごっそり削がれてしまう。削がれた傷口からぼたぼたと心汁と心欠片が流れ落ちていく。当人が誰かの心を削ぐことでご飯を食べている削ぎ師だったら何も問題はない。それが生業なのだから。江戸時代後期から続く家業なのだから。時代関係なく国に保護されるべき、無形文化財なのだから。しかしながら、そんな削ぎ師を連綿と後世に伝えていこうという覚悟のないものは、みだりに人の心を削ぐような言動は慎まなければならない。
そもそも、その「もっている」「もっていない」という判断を、天運に左右されるような事象に対して一人間が下すなんて、なんと厚かましいことなのだろうか。己はそんな神のような選ばれし人間だとでも思っているのだろうか。とはいえ、当人が、厚かま師を生業としているのならば文句はない。それが生業なのだから。室町時代から由緒代々伝わる伝統の仕事なのだから。世界から保護されるべき、文化的国宝なのだから。むしろそんな厚かま師を絶やさぬ覚悟がなければ、厚かま師の真似事などやってはいけないのである。
もしも誰かの真似事をしたいならば、やはり慎み深い生業である慎み深師がおすすめである。慎み深師は何に対しても慎み深い。「もっているか、もっていないか」と尋ねられたとしても「いやはやあ、そいつは私が決めて良いことではございません」と自身の判断に委ねるのを促す。なんとも慎み深いではありませんか。
とにもかくにも、「もっている」「もっていない」には様々な話がついてまわるというもので。
「もってないね」
「そんなあ。ありがとうございました」
「次、んーっと、もってないね」
「いやだあ。ありがとうございました」
「次、お! ……あ、いや、もってないね」
「あーん、もってたかった。ありがとうございました」
「はい、いったん休憩!」
ソファーに深くもたれ、目をくしくしマッサージするこの男、名を河本真二郎という。江戸時代から続く稼業、削ぎ師の第八代当主である。今日も今日とて、心を削いでもらいたい客の相手をしている。客はひっきりなしにやってくる。河本にとって、どうしてこんなにも心を削いでもらいたい人がいるのか不思議でならない。
この削ぎ師という仕事だって、ただ家業だからという理由だけで受け継いだ。仕事内容も単純で、しっかりと金になる。ただ、人の心を削いで成り立つこの仕事にだんだんと嫌気が差してきているのも事実である。しかしながら、こんなにもこの削ぎ師が繁盛しているのは彼が「もっている」ということでもあるのだろう。
玄関のチャイムが鳴る。未だ目をくしくししている河本は
「あ、すみません。今、休憩中なので」
「いやあ、もってるねえ」
聞き覚えのある声にくしくしを止める。
「なんだ、君か」
削ぎ師の仕事場をじっとりとなめるように見るこの男、名を多田真という。多田もまた古くから続く家業である厚かま師を受け継いだ男である。なおもじっとりとした視線で仕事場に飾られた調度品をなめ見しながら
「河本氏~、もってるよねえ」
「いや、僕は別に」
「儲かってるんだあ?」
「ぼちぼちかな」
「これおいくら万円?」
さすがは厚かま師である。すぐに儲かるだの金の話ばかりをしてくる。河本が「厚かましいな」などと言っても決まって、こう言い返されてしまうのである。
「仕事だもんねえ」
すると河本も削ぎ師の仕事をまっとうするのである。
「厚かま師は儲かってないみたいだけど」
「ぐふう、ぐうの音も出ないから、ぐふうの音が出たよねえ」
多田はいつもこうして心を削がれるのである。
「それはそうと河本氏」
「なんだ?」
「ファミレスにいこうじゃないかねえ」
「なんで?」
「ご飯を食べるために決まってるじゃないか。君、今休憩中だろう? 暇だろう?」
「そうだけど、あんた、お金ないでしょ?」
「ぐふう。またぐふうの音が出ちゃったよ」
「ごめんごめん」
「もちろんお金ないから、君が奢るのだよ」
「厚かましいな」
「仕事だもんねえ」
そうして二人は近くのファミレスへと向かった。ファミレスに入ると多田はきょろきょろと辺りを見回している。
「ん? 誰か探しているのか?」
「ああ、待ち合わせしているんだよ」
「おい、そういうことは先に言うべきことだろう」
「どうだい? 厚かましいだろう?」
「それは、どうだろう」
そして、窓際のテーブルに一人の男を発見した多田は手を振る。
「やあやあ」
その男は控えめに黙礼を返した。
―・―・―・―
「彼は、林くん」
「どうも、はじめまして。林武と申します。突然お邪魔して申し訳ありません」
「ああ、これはご丁寧に。河本と申します」
テーブルにはパスタやミックスグリル、ピザ、グラタン、ドリア、多種多様なファミレスメニューが並んでいる。
「こんなに頼むのか」
「君がお金を出すからいいんだよ」
もう「厚かましいな」と言うのも面倒になってきている。しかしながら林は
「申し訳ありません。こんなにたくさん。私も多少のお金ならあるので」
「いやいや、今日は僕が出しますよ。」
「そうだよ、林くん。今日は河本が出すんだよ」
「だからあんたがいうなよ」
さてと、と多田は切り出す。
「林くんはね、我々と同じ家業を受け継ぎし者なんだよ」
「へえ。なんのですか?」
「あの、私は慎み深師という家業を」
「え!? あの!?」
河本は驚いた。この慎み深師は家業を受け継ぎし者界隈で、今最も注目されている家業の一つである。その歴史は古く、一説によると弥生時代からあるのではないかと言われている。弥生時代の土器は縄文時代のものと比べて、薄手で簡素な文様のものが多く、とても慎み深いのである。まあ、それだけのことなのだが。
「そんな、慎み深師さんがどうして今日は」
「実は河本さんにご相談がありまして」
「僕に?」
「はい。ですので、多田さんに河本さんを紹介してもらえないかと相談したんです」
「僕は人と人を引き合わすのが、大好きでね。紹介してもらえないかと言われなくても紹介していたよ」
「厚かま……やめておこう」
「じゃあ、仕事だも……に留めておこう」
「それで、相談というのは」
林はぽつぽつと語り出す。
「私は慎み深師の正統後継者でかれこれ3年やっております」
「ああ、まだ浅いのですね」
「はい。まだまだ修業の身ではあるのですが、最近になって、なんと言いますか、繁盛してきているのです」
「それはいいことですね」
「いいのです。とってもいいのですが、うまくいき過ぎているといいますか、ええっと」
言い淀んでいる林に多田が助け船を出す。
「林くん、あれだよな。つまりは調子に乗ってんだよな?」
「おい、多田」
「いや、そうなのです。あまりにうまくいきすぎているので、調子に乗ってしまっているのです」
「そうかな。そうは見えないけど」
「そう見えないように努力はしているのですが、少し気を抜くと、自分の中の調子乗りが顔を出してはデュフデュフ笑うのです」
「デュフデュフ?」
「はい。ふと鏡を見ると調子乗りの僕がデュフデュフ笑っているのです。なので、河本さんにお願いしたいのは、私のそんな調子乗りの心を削いでもらいたいのです」
なぜか河本は下を向き、自分のズボンをぎゅっと握りしめている。
「このままでは、慎み深い自分が消えてなくなり、慎み深師ではなく、ただの師になってしまう。ただの師なんて嫌です。お願いします。私の心を削いでください」
「河本氏、どうだい? いっちょ一肌脱いではくれまいか」
河本はさらに下を向き、だんまりをしている。
「河本氏?」
「河本さん、無理なお願いかと思うので、そこは遠慮なく断っていただいて」
河本から何か音ならぬ音が発されている。
「河本氏? 何か言ってる?」
「ばびざごう」
「ん? おい、河本氏?」
「ばびざごう」
「何? 何言ってんの? おい、どうしたんだ、河本氏」
と、多田は河本の身体を揺り起こした。すると河本はどうしたことか、真っ赤に染まった泣き顔で、涙と鼻水でぐじゃぐじゃに濡れていた。
「おい、めちゃくちゃに泣いているぞ」
「あの、すみません。私が変なお願いしたから」
「いや、何にも変なお願いじゃないよ。これは一体どういう現象なんだ」
河本は鼻水をずずず、涙を服の袖でぬぐいながら、言葉を繰り返す。
「ばびざごう」
「だから、なんだ、それ、もう怖いよ。河本氏」
「なんかすみません。私が何か悲しいトラウマの引き金を引いてしまったのかもしれません」
河本は違う違うと手を振り、なんとか自分を取りなした。
「ありがとう」
「え?」
「ありがとう」
「え? ああ、なんだ。ありがとうって言ってたのか。濁りすぎだよ、河本氏」
「ごめんごめん。取り乱してしまった。自分でもこんなに取り乱れるとは思っていなかった。お恥ずかしいところを見せてしまった。ごめんよ、林くん」
「いえいえ、でも、そのありがとうというのは? 私は感謝されるようなことは」
「僕はね、削ぎ師としていつも人の心を削いできたんだ。人に対して『もっていないよ』とか言って」
「はい」
「実はずっと辛かったんだ」
「何がだい? 河本氏」
「人の心を削いで、お金儲けしていることに」
「そういうことか、河本氏」
「こうやって人の心を削ぐ行為は回り回って自分の心も削いでいたようだ」
「河本氏……」
「でもね、今林くんの相談を聞いて、少しだけ思ってしまったんだ」
「何を思ったんだい? 河本氏」
「相槌うるさいかも」
「厚かま師だからね」
「しいて言うなら相槌うるさ師だよ」
「ほお。続きをどうぞ」
「うん。だから林くんの相談を聞いてさ、僕のこの削ぎ師という家業が人のためになれるかもと思ってさ」
「人のため?」
「そんな依頼内容初めてだったんだ。自分をよりよくするために、心を削ぐ。そんなこと考えたことなかった。林くんは僕の家業の可能性を広げてくれた。だからありがとうなんだ」
「そんなたいそうなこと」
「だからさ、精一杯、君の心を削ぐよ。心を込めて削ぐよ」
「はい。ありがとうございます!」
「じゃあ、あの質問してくれるかな」
「はい。えっと」
林は目を輝かせながら河本に問う。
「僕はもっているでしょうか?」
―・―・―・―
河本と多田は帰路についている。
「林くん、いい顔していたじゃないか」
「そうだね」
「河本氏、君もね」
「え?」
多田はふふと笑う。
「河本氏、僕も君にお礼を言わねば。ありがとう」
「え? どうして多田が僕にお礼を?」
「だって、僕に新しい家業を見つけてくれたんだから」
「なんの話だい?」
「新たな家業、相槌うるさ師、開業さ」
「やめたほうがいいかも」

平井まさあき[男性ブランコ]
1987年生まれ。兵庫県豊岡市出身。芸人。吉本興業所属。大阪NSC33期。2011年に浦井のりひろと「男性ブランコ」結成。2013年、第14回新人お笑い尼崎大賞受賞。2021年、キングオブコント準優勝。M-1グランプリ2022ファイナリスト。第8回上方漫才協会大賞特別賞受賞。趣味は水族館巡り、動物園巡り、博物館巡り。