ニホンゴ「再定義」 第10回「ワンチャン」
ということで、このへんの問題をほどよく世間一般で満喫できそうな史話とは何か? を考えてみる。栄枯盛衰ドラマという点から考えると日本人的には平家物語だが、あれはワンチャン主義の社会的ライフサイクルというよりは腐敗権力の末路を(仏教ぽい観点から)説話的に描く内容であり、軌道修正が必要だから本編の前史として平清盛を魅力的に描かなくちゃいけないとか、でもそうすると本編での清盛の驕慢極悪ぶりとの整合性をどう取るんだとかいう話になり、最終的にこんなん平家物語じゃないだろと言われてしまうオチが見えてしまうため、残念ながら却下なのだ。
それでは……と別の時空領域を探ると劇的に浮上してくるのが、ナポレオン・ボナパルト。
そう、ツーロン攻囲戦を起点としてイタリア遠征、エジプト遠征、総裁政府乗っ取り、皇帝即位、アウステルリッツ三帝会戦、半島戦争、ロシア遠征、諸国民の戦い、そしてワーテルローに至る歴史絵巻は、麾下の将星たちのキャラ的な濃厚さも手伝って実に実に、史上最大にして最強な基本、ワンチャン主義で展開した栄枯盛衰であり起承転結だったといえる。その解釈から得られる知的養分はおそらく豊かだ。
特に、いわゆる「ナポレオン伝説」を確固たるものとした最初のイタリア遠征でナポレオンが見せた天才というか天才的賭博性は、「戦略戦術の至高原理はワンチャン主義なり!」という誤解を世間に与えかねないほどの華麗なインパクトを歴史に刻み込んだといえる。この総合的な良し悪しの判断はうかつにできないけど、長谷川哲也の『ナポレオン – 獅子の時代 – 』が、そのあたりの観念的感触を極めて適切に描き込んだ作品であり必読、という点は敢えて付記しておきたい。
ということでナポレオン・ボナパルトは歴史的人物としても歴史教訓的人物としても超一流であることが改めて確認できるのだが、日本の児童書の偉人伝的なシリーズでナポレオンが入っているのは実際どうなのだろう? と思わぬでもない。(フランス以外の欧州では歴史的経緯からみてお子様向け偉人扱いはされていないのだ)
結局のところ、ナポレオン時代というものを平家物語的に読み解く、というのが今回の趣旨からすると歴史の滋味を得るのに適切な手法といえるかもしれない。ただしそれで道義的にまっとうな教訓を確実にゲットできるかといえば、実はなかなか何気に微妙であり、
・ラッキーな成功の再現や拡大を狙う路線は止めよう
↓
・確実な成功を確保した、ほどよい地点で止めておこう
↓
・ほどよい恐怖管理体制の永続化!
という現実図式の成立もありえなくはないわけで、歴史教訓を嗜むさじ加減というものも、深掘りするとなかなか厄介だなぁと思ったりする次第なり。
(第11回は12月31日公開予定です)
マライ・メントライン
翻訳者・通訳者・エッセイスト。ドイツ最北部の町キール出身。2度の留学を経て、2008年より日本在住。ドイツ放送局のプロデューサーも務めながらウェブでも情報発信と多方面に活躍。著書に『ドイツ語エッセイ 笑うときにも真面目なんです』。