ニホンゴ「再定義」 第13回「余暇」
……と、そこでふと思い出したのが、いわゆる「異世界転生」系ドラマの構造である。
異世界転生系というのは21世紀初頭から広がって次第にブーム化した、主としてライトノベルを媒体とする物語のパターンだ。冴えない日常生活を送っていた主人公がなんらかの形で不慮の死を迎え、主として中世欧州的ファンタジー系世界に転生し、前世の冴えない日常で体得した平凡な技能や知識(高校レベルの物理化学とか数学とか)がその地にて「神レベルのチート能力」となることを利用して大活躍してしまう、というのがその一例である。
この「我々の日常における平凡な技能がチート能力化する」という点が重要で、それ系のコンテンツ群が大当たりを見せたため、「努力・向上・成長することを拒絶する」「プロセスではなく結果のみを重視する」いまどきの読者層の心理とは! といった角度から問題視されたことで記憶している人も多いだろう。まあ、そもそも日常環境に情報が充満していて常に最適なアウトプットを求められ続ける状況が、ある意味「成長」というプロセスを無効化しているようなものだから、自らの能力が確変でチート化するような展開でも発生しない限りは自力で運命を動かせない、という感覚もわからないではないのだが。
そんなこんなで息苦しい議論はあるけれど、この異世界転生モノのドラマ構造、自らの日常勤労的な感覚をひきずってこそ、初めて満足な形で気分転換・現実逃避できるという、実は日本人の心性に深くマッチしたリラックス+アドベンチャー空間設計のひとつの「正解」かもしれない、という気が最近してきたのである。
だから、このコア要素をうまく活用すれば、日本人総体のワークライフバランス向上のための手をもっと打てるのではないかと思わぬでもない。とはいえ、そう言うと「ああ、それこそワーケーションがジャストフィットですよ!」とかいう意見が湧いてきそうで困る。ワーケーションというのは「休暇先で仕事する」スタイルで、「リゾート地などの素晴らしい環境で仕事すれば低ストレスで勤労意欲も作業効率も超アップ!」みたいな売り文句でアピールしているワークライフスタイルだが、個人的にはいつまでもどこまでも旅行先にまでしつこく仕事に追われている感が強くて好きではない。というか、私のいまの現実の日常がまさにソレなので、嬉しくも何ともないことを骨身に沁みて知っているのだ。
日本のインドア派勤労者と私が、真に「余暇」を心身ともに満喫するための解法を早く編み出したいものだ。その鉱脈はすぐそこに埋まっていそうに見えながら、多忙のためいつまでも未採掘のままなのである。
(第14回は3月31日公開予定です)
マライ・メントライン
翻訳者・通訳者・エッセイスト。ドイツ最北部の町キール出身。2度の留学を経て、2008年より日本在住。ドイツ放送局のプロデューサーも務めながらウェブでも情報発信と多方面に活躍。著書に『ドイツ語エッセイ 笑うときにも真面目なんです』。