ニホンゴ「再定義」 第17回「女子力」

ニホンゴ「再定義」第17回


 うむ、実に暗示的すぎて困る。いやもう暗示ともいえないだろう。これって要するに、男性が求める女性像を、女性が自発的に目指すように仕向けた男性マチズモ戦略の一環にすぎないじゃんという疑惑が超浮上してしまう。

 そもそも、こういう検索で上位に来るコンテンツの多くが「男性から見た」女子力をアップさせるためのハウツー記事だったりするのが大きなポイントだ。その手の文脈に唯々諾々と乗っかる女子たちが、女子どうしで謎のヒエラルキーを成立させてしまう。またそのヒエラルキーは一種の市場として刺々しく機能する。さらにそこに、政府側が女性ケア政策のような触れ込みで「女性も平等に活躍できる〇〇」ではなく「女性が輝く〇〇」という新たな絶妙キーワードを持ち込んだことで、状況が異様に複雑化してしまった。結局のところ、市場原理に支えられた「イズム」が支配的になるということだろうか。

 このような状況下、市場原理に抗しながら正論を押し通そうとすると、むしろ男女それぞれ同性内での軋轢や分裂を生みかねない。実に面倒だ。私は女子であり、ゆえに「女子力」の負のスパイラルのヤバさを体感的に知っている。ちなみに『魔法少女まどか☆マギカ』は、このへんの力学を深く援用した激鬱作品であり、ゆえに「刺さる」傑作だったともいえる。

 まどマギの話が出たから言及するわけでもないが、「一見、女性的存在にとってポジティブに感じられる」見出しの背後にビミョーな力学が渦巻く事例は、実は思いのほかあちこちに存在する。自分の身近で展開したそれらの中で印象的なのはたとえば、私の夫が巻末解説と軍事考証を依頼されたある書物をめぐる話だ。

 東京創元社から2022年に出版された『小鳥と狼のゲーム:Uボートに勝利した海軍婦人部隊と秘密のゲーム』(サイモン・パーキン)は、第二次世界大戦「秘史」という触れ込みのドキュメンタリー作品だ。連合軍の対Uボート戦、特に情報戦・心理戦において実は「女子力」の大いなる活躍があったのだ! という内容。帯をはじめとする広告には「いままでほとんど知られていなかった真実がいま、明らかに!」的な文言が躍る。また、敵手たるドイツ軍側についてもその人間模様を含め比較的公平に記述されており、いわゆる戦記ドキュメンタリーとしてはなかなかの良書といえる…………はずだった。

 私の夫は「艦艇をぜんぶ『戦艦』と書くのはマズいですよ。ここに登場するのはフリゲート艦で……」とか「Ⅸ型は長距離作戦用の航洋型Uボートで……」とか、翻訳者と編集部の期待に(おそらく、そこそこ適切に)応える監修作業をこなしていたのだが、巻末解説の原稿に、

●女性の活躍が! というけれど、実際、このボードゲームを援用した敵軍心理プロファイリング作戦で「頭脳」として機能していたのは、本書をしっかり読み解く限り、ほぼチーム指揮官であったギルバート・ロバーツ中佐(のちに大佐)のみであり、婦人部隊は実は、精鋭とか言いつつ末端の作業しかしていない。これで女子力がどうのと華々しくいえるのか? また、彼女たちの「輝く」シーンが、主として戦術戦略と無関係な「恋模様」ドラマだったりするのはいかがなものか。

●本書で扱われている心理作戦は、実際にはソナー・レーダーといった電子兵器ほどの効果効用を発揮しなかった。知名度が低く、「知られざる」史実になったのも当然だ。ゆえに著者の「これでUボートに勝てた!」という主張を真に受けることは難しい。また文脈を検証するに、著者の真意は「女子力」ウンヌンを見せ球としながら、「英軍は、米軍からの技術&物量の援助なしではナチに負けていたはず」「敵将カール・デーニッツのほうが当時のあらゆる英国の海将よりイケていた」という、WW2戦史における英国ディス的な通説に対して巧みに一矢報いることだったように感じられる。

 という内容をもろに書いてしまい、しばらく揉めていた。それはそうだろう。編集部はおそらく、ミリタリー的な専門知識によって作品の解像度をアップし、解説にて著者の趣旨を補強し、それにより本書の商品力を上げることを私の夫に望んでいたと思われるが、まさかUボートばりの魚雷攻撃を仕掛けてくるとは。ある意味、鬼畜である。

【連載第3回】リッダ! 1972 髙山文彦
萩原ゆか「よう、サボロー」第56回