ニホンゴ「再定義」 第16回「隠居」

ニホンゴ「再定義」第16回

 本連載は、職業はドイツ人ことマライ・メントラインさんが、日常のなかで気になる言葉を収集する新感覚日本語エッセイです。 


名詞「 隠居 」

 サラリーマン知人によると。

 最近の(ちなみに今は2020年代だが、いつからの話なのかは不明)ジャパニーズカイシャ組織で行われる、定年が見えてきた社員に対しての人生たそがれ研修(正式にはキャリア研修というらしいが、実際には会社的キャリア終焉研修なので適切な名称ではないように思う)では

 いまどきの社会構造から見て、老いてもリタイア後に隠居して悠々自適に暮らすという目はもうありません。なので、体を壊さず死ぬまで働き続けるにはどうすべきかを考えましょう!

 という文脈から、明るく快活に「死ぬまで健康維持」「死ぬまでワークライフバランス」「死ぬまで社会貢献するモチベーション」の重要性が説かれるそうだ。

 素晴らしい。明るく生き生きとしたディストピア。

 とはいえ政治や経済界がもしそこそこ有能でも、人口ピラミッドの先細り傾向に由来するこの事態を食い止められたかといえば、実はかなり疑問だ。男女ともに子育てしながら無理せず働けるようなワークライフバランスを本気では目指してこなかったし、その上で、労働や生産の自動化・効率化といった技術的進歩や小手先の「通念」操作では、やれることにも限界があるだろう。それは日本だけではなく、先進国全体の課題であることも知っている。しかし私のように、親世代が職業リタイア後の余生をイイカンジに満喫しているのをじかに見せつけられ、さらに、自分にはこのような余生は存在せず、けっきょく死ぬまで自発的労働奴隷生活を送ることがほぼ確定であることを毎分毎秒意識させられねばならない立場から見ると、少なくとも自分とその周囲は確実に貧乏籤を引かされている、という実感がある。両親は無邪気な好意で、イタリアや北欧やスペインの火山島やその他もろもろの風光明媚な場所から絶景写真や興味深い生活文化的な情報を送ってくれて、それはそれで興味深いのだが、どこかしら、本来自分がいずれ隠居後に享受すべきだった体験を前借りしているというか、単に「おすそ分け」で満足しろと言われている気がしてしまう。結果として、親愛なる両親に対してどこかモヤってしまう気分を残さずにいられない。個人として常に愛あふれる存在でありたいヒューマンビーイングとしては残念至極な展開といえる。

 が……。

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