ニホンゴ「再定義」 第15回「ラノベ」

ニホンゴ「再定義」第15回

 当連載は、日本在住15年の職業はドイツ人ことマライ・メントラインさんが、日常のなかで気になる言葉を収集する新感覚日本語エッセイです。 


名詞「ラノベ 」

 ラノベとは何か? ライトノベルの略である、などという言葉では何の説明にもならない。実際、本稿を書いている21世紀前半の文芸界で、常に多くの人がさりげなくしかし確実に気にしながら、徹底的には突き詰められず、ウヤムヤのまま漂い続けているお題だ。まさか、文字通り「軽く読める小説」と定義している人はそんなにおるまい。それほどまでに「ラノベ」という単語には、何かに対するとらえどころのないアンチテーゼ的な色合いがまとわりついている。

 なんといっても、イマドキ的言語空間における「蓋然性の王者」Wikipedia にして【業界内でも明確な基準は確立されておらず、はっきりとした必要条件や十分条件がない。このため「ライトノベルの定義」については様々な説がある】と明確にギブアップ姿勢を見せている(2024年4月時点)のだ。逆をいえば、必要条件や十分条件「ぽい」印象定義がやたらと語られてきた感がある。その代表的なものを軽く列挙すると、

・萌え系イラストレーションを多用するビジュアル重視の世界観小説

・漫画のノベライズのような感触だが実はオリジナルな小説

・若い作家による時代的感覚の共有を指向したサブカル小説

・オタク同人誌文化に立脚した小説

・ライトノベルのレーベル(電撃文庫、ファミ通文庫等)から出版される小説

 …という感じになるだろうか。いずれも定義というには弱くてツッコミどころ満載だが、しかしいずれも捨て難い独特の刺さり感をもつ。言霊師としては、面白くもあり悩ましくもある情景だ。

 ちなみにドイツの Wikipedia を見てみるに、上記と同様の説明のほか「ラノベのドイツ語訳は少ない。これはそもそも需要が少なすぎることと、翻訳コストがマンガよりはるかに高いため」と書かれていて、いきなりドイツ市場での成功を半永久的に否定しているあたりがいかにもドイツっぽい。なお、ドイツで初めて単行本として出版されたラノベは『ラブひな』(2003年)だとか。そして予想どおりというべきか、お隣のフランスでは日本のラノベを専門にした出版社がすでに複数あるというから、やはり文化的な差を感じてしまう。

 ゆえに、ドイツ人に対し「アンタの国にはラノベってあるの?」という質問を放った場合、返ってくるのはだいたい「ヤングアダルト文芸に近いかな?」という答えだ。もちろんラノベと重なる部分はあるけれど、やはり根本的なベクトルに相違を感じずにはいられない。

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