額賀 澪『タスキメシ 五輪』
東京オリンピックの落とし前をつける、最初の一歩
2021年の夏、東京でオリンピックが行われている最中、会う人会う人から「あんた、目がギンギンで顔がバッキバキだよ?」と言われた。連日開催される競技の数々はもちろん、オリンピックに関連するありとあらゆる事象をこの目に焼き付けてやろうと、メディアというメディアに囓りついた。大会期間中、一日の睡眠時間なんて精々2-3時間だった。
そうまでした理由は、このオリンピックを必ず小説にしたいと思っていたからだ。
これまでスポーツ小説を多く書いてきた。作家デビューしたのは2015年で、すでに東京オリンピックの開催は決まっていた。若いアスリートが「東京オリンピックに出たい」を合言葉に競技に励んできたように、スポーツ小説を書く小説家にとっても、東京オリンピックは大きな目標だった。東京オリンピックを目指すアスリートを書き、まだ見ぬ東京オリンピックを書いた。
コロナ禍で大会の延期が決まったとき、オリンピックを小説にしてきた自分のキャリアが、罪悪感に変わった。開催前も、開催中も、そして閉幕後も賛否に大揺れのオリンピックについて、必ず小説の中で落とし前をつけなければならない。そんなふうに考えながら、『タスキメシ 五輪』を書いた。
前作『タスキメシ 箱根』は、東京オリンピックのマラソンシーンで幕を閉じた。観客としてレースを見守っていた主人公達に、「楽しいオリンピックの最中だったのにごめん」と謝って、作者である私は彼らの運命を大きく改変した。
主人公の一人・仙波千早は、入社したばかりの食品メーカーでオリンピック選手村の食堂プロジェクトに巻き込まれる。自分の手の届かないところで誰かが下した「東京オリンピックは必ず開催する」という決断に翻弄され、懸命に働く。「オリンピックで美味しい思いをしてる連中」と後ろ指を指されていることを自覚しつつも、開催の是非に悩む暇すらないくらい、問題は山積していた。
オリンピックが金と利権の祭典であることを改めて私達に思い知らせてくれた東京オリンピックだったが、末端の末端でどんな人々が働いていたのか。彼らが何を思ってオリンピックに携わっていたのか。オリンピックという巨大なイベントの中で、名もなき一人として扱われる人々の働きを、『タスキメシ 五輪』では書きたかった。
あの巨大なイベントがそんな一面だけで語り尽くせるわけがなく、これからも「東京オリンピックの落とし前をつける」ための創作は続いていくのだと思う。
額賀 澪(ぬかが・みお)
1990年、茨城県生まれ。日本大学芸術学部文芸学科卒。2015年に、『ヒトリコ』で第16回小学館文庫小説賞を、『屋上のウインドノーツ』で第22回松本清張賞を受賞しデビュー。2016年、『タスキメシ』が第62回青少年読書感想文全国コンクールの課題図書(高等学校部門)に選ばれベストセラーに。その他の著書に『拝啓、本が売れません』『風に恋う』『ウズタマ』『沖晴くんの涙を殺して』『世界の美しさを思い知れ』『競歩王』『モノクロの夏に帰る』『ラベンダーとソプラノ』など。
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著/額賀 澪