渡辺善則『トクシツ 東京地検特別執行チーム』

渡辺善則『トクシツ 東京地検特別執行チーム』

逃亡者を追跡する専従者たち


 もう20年あまりも昔の話だ。
 プロデューサーが脚本家のボクに囁いた。
「東京地検に逃亡者を追跡する専門チームがあるけど、会ってみる?」
「え? 検事が犯罪者を追跡するの?」
「違う、違う。検察事務官の精鋭部隊。会う?」
「会うよ。是非、話を聴いてみたい」
 ドラマの検察事務官といえば、検事の「秘書的な人」で、典型的な脇役だ。それが、凶悪犯を追跡し、時には格闘して、逮捕、収監しゅうかんまでするという。
 立派な主役じゃないか。

 さっそく、霞ヶ関の合同庁舎に出向いた。
 取材対象の事務官は大柄な男性だったが、温厚で優しい目をしていた。同じ法執行機関、たとえば警察官が持つ独特の緊張感がまるで感じられないので、大いに戸惑った。
 聞けば、彼が属する東京地検特別執行課(当時)は拳銃を持たず、警察官に比べ知名度がなく、権限も限られているので、常に腰が低く、穏やかな職務遂行がモットーだという。
 不意に、渥美清さんの顔が浮かんだ。「特別執行課だぁ? 聞いたことない役所だな」と小馬鹿にされても、笑みを絶やさぬ低姿勢の事務官が凶悪犯を退治する話。それが頭の中でどんどんふくらんでいく。これはいけるぞ。
 その企画は複数のテレビ局の企画会議で検討されたが、最終的にOKは出なかった。「犯罪者が逃亡する話は視聴者に縁遠く、お茶の間になじまない」と言われた。

 ところが、裁判員制度の導入と共に潮目が変わった。保釈率が倍になったのである。
 つまり、被告になっても拘置所から出て、自由な場所で弁護士とじっくり裁判の対策を考えることが可能になったのである。
 法治国家として素晴らしい改善だが、いつの時代も制度を悪用する連中はいて、保釈中の逃亡や犯罪が急増している。
 警察がトクリュウ(匿名・流動型犯罪グループ)と呼び警戒する新たな犯罪者が増え、闇バイトなど犯罪者と一般市民の見分けが付きにくくなってもいる。そんな新しいタイプの犯罪者が逃亡という高いハードルを楽々と飛び越えて、街にまぎれ込み始めたようだ。
 追跡の専門集団トクシツの出番である。

 時代を映すこの一冊にご期待ください。

  


渡辺善則(わたなべ・よしのり)
法政大学社会学部卒。会社員を経て脚本家に。芳野林五名義で、警察小説大賞第1回、第2回最終候補となる。著作に『逮捕中止命令』がある。

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トクシツ 東京地検特別執行チーム

『トクシツ 東京地検特別執行チーム』
著/渡辺善則

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