浜口倫太郎『ワラグル』
デビュー10年でついに書けた漫才師小説
僕は今年で小説家デビュー十年目なのだが、この『ワラグル』はまだ小説家になる前からいつか書こうと考えていた。
僕のデビュー作となる『アゲイン』は、お笑いをテーマにしたものだ。僕は放送作家をやっていて、お笑いの世界はよく知っていたからだ。
小説家になるには各出版社が主催する小説の新人賞を受賞することが一般的だ。そのためには専門分野を書くのが一番いいことは知っていたので、まっ先にお笑いというジャンルを選んだ。
ただ『アゲイン』は漫才師ではなく、ピン芸人の話だった。お笑いがテーマの小説で一番ベターなのが、漫才師を扱ったものだ。漫才をテーマにすると、必然的に相方との関係性を描かなければならないのでドラマが生まれやすい。ストーリーを立ち上げるにはもってこいの題材なのだ。
けれど僕は漫才師ではなくピン芸人を選んだ。それには理由がある。
まず漫才というのは文字に起こすと面白さが激減する。僕が漫才台本を書きはじめたとき、ある芸人さんに僕の漫才台本を見てもらう機会があった。その際こんなことを言われた。
「これは読んで面白い台本やけど、実際に舞台でやったら面白くない台本や」
この時に文字での面白さと漫才の面白さは直結しないのだと気づいた。つまり小説で直接漫才を書いてしまうと、それは漫才ではなくなるのだ。
現に漫才師を扱った小説はそれまでにも数多くあったが、その漫才の部分がどうにも違和感があった。漫才を知らない小説家が書くとこうなってしまう。
かといって芸人さんが漫才をテーマにした小説を書くと、さすがプロなので漫才として成立しているのだが、いかんせん小説は文字で表現するメディアだ。読む漫才としての面白さは損なわれている。
その他にも漫才を小説にする困難さが山ほどあり、それを解決する方法も技術も当時の僕は持っていなかった。そこでピン芸人を選んだのだ。
幸いにもその『アゲイン』はポプラ社小説大賞の特別賞をいただき、僕は晴れて小説家デビューをすることができた。
ただ本当は漫才師の話を書きたかっただけに、わずかながら後悔があった。そこでいつか小説家としての技量が自分が考える到達点に達したら、漫才師を主人公に小説を書こうと心に決めた。
そして十年が経ち、この『ワラグル』をようやく書くことができました。念願の漫才をテーマにした小説です。果たして結果はうまくいったのか? それは読者のみなさまに委ねます。
浜口倫太郎(はまぐち・りんたろう)
1979年奈良県生まれ。漫才作家、放送作家を経て、『アゲイン』で第5回ポプラ社小説大賞特別賞を受賞しデビュー。著書に『シンマイ!』『廃校先生』『22年目の告白─私が殺人犯です─』『AI崩壊』『お父さんはユーチューバー』など多数。
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『ワラグル』
著/浜口倫太郎