こざわたまこ『教室のゴルディロックスゾーン』スピンオフ小説「消えた星の行方」
こざわたまこさんの新刊『教室のゴルディロックスゾーン』刊行記念イベントで配布された掌編を特別掲載!
ぜひ本編読後にご覧ください。
消えた星の行方(ある日の三浦さき)
気がつくと、辺りはすっかり暗くなっていた。視界の端で、スマホの画面が人工衛星のようにぼんやりと光を放っている。うとうとしているうちに、眠ってしまったらしい。
向かいのカーテンがまた外れている。フックがひとつ折れているせいで、何度付け直しても意味がない。いつからか、このカーテンを完全に閉め切ることは諦めてしまった。
重い体を引きずりながら、もぞもぞと布団から這い出る。床の冷たさに、思わず足を擦り合わせた。たわんだカーテンの隙間から、窓の外を覗き込む。さて、今日はどっちだろう。眠りに落ちてからそう時間が経っていないような気もするし、逆に何時間も眠りこけていた、なんてこともあり得るし。
朝焼けの空と夕焼けの空は、一見するとよく似ている。そのことに気づいたのは、今の生活が始まって半年が経った頃のことだった。以来、起きて最初にするその占いは、昼夜逆転生活を送るあたしの数少ない日課になった。その行為が特に変わり映えのしないあたしの毎日に、何かしら意味を与えてくれるような気がするから。
「さき、起きてる?」
こんこん、とドアをノックする音が聞こえた。息を潜めていると、長い沈黙の末、ママが諦めたように口を開いた。
「小野さん、少し前に帰ったよ。さきによろしくって。寒いのに、外で待っててくれたみたい」
ママのその言い方で、あたしは時計を確認するまでもなく、今日の占いが外れてしまったことを悟った。
『さき、いる?』
『渡したいものがあって。ちょっとだけ会えないかな。今、家の前まで来てる』
スマホには今も、おのちんからのメッセージが残っている。既読をつけてしまったことが、今更ながら悔やまれた。
あたしが出てこないとわかってからも、おのちんは一時間近くマンションの前をうろついていた。五分ごとにスマホをいじってみたり、辺りをきょろきょろ見回してみたり。あれじゃあ、立派な不審者だ。
「本当に会わなくてよかったの? 校外学習のお土産、さきに渡したかったんだって。直接渡したいからまた来るって言ってたけど……」
は、と乾いた息が漏れる。お土産? あたしに会いたい? なんでそんなことするんだろう。同情のつもりだろうか。ううん、違う。おのちんは寒空の下、かじかんだ手に何度も息を吹きかけていた。真っ赤になった鼻を指で擦りながら。きっと、あたしのために。違う、あたしのせいで、だ。考えるだけで、胃がぼこぼこと波打った。たくさんの感情がまぜこぜになり、吐いてしまいそうになる。
この前のことだけど、とママが口調を変える。
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『教室のゴルディロックスゾーン』
こざわたまこ
こざわたまこ
1986年福島県生まれ。専修大学文学部卒。2012年「僕の災い」で「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞。同作を収録した『負け逃げ』でデビュー。その他の著書に『仕事は2番』『君には、言えない』(文庫化にあたり『君に言えなかったこと』から改題)がある。