こざわたまこ『教室のゴルディロックスゾーン』スピンオフ小説「空を舞うフィッシュサンド」

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 こざわたまこさんの新刊『教室のゴルディロックスゾーン』発売を記念して、小説丸だけで読めるスピンオフ小説を掲載!
 なんと全部で6つの物語が楽しめます! お話はそれぞれで完結しているので、『教室のゴルディロックスゾーン』を未読の方でも安心してご覧いただけますが、本編読後の方がより楽しめるかと思います。
 2つめは、スーパーでアルバイトをする大学生の男の子のお話です。


空を舞うフィッシュサンド(ある日の有働うどうゆう

  

「休憩入ります」

 コンテナを倉庫に積み終えてすぐ、それだけ言ってタイムカードを切った。び付いたドアノブをひねって建物の外に顔を出すと、家を出た時より風が強くなっている。上着を取りに戻るのも面倒で、そのままコンクリートの段差に腰を下ろした。普段ここはトラックの待機スペースになっていて、積み込みの時間以外はほとんど人が来ない。すぐそばのゴミ捨て場のせいでたまに臭いのが玉にきずだが、誰にも邪魔されず、一人で休憩を取るにはもってこいの場所だ。

 職員用の廃棄ボックスから適当に選んだ惣菜そうざいパンを、足元に二つ並べる。迷った末にコーンマヨの方を手に取り、封を開けてパンにかぶりついた。ほとんど味もわからないまま、パックの牛乳と一緒に流し込む。

『有働くん、レジでもうちょっと笑顔出せる?』

 タイムカードを切る直前、店長から声をかけられた。有働君、ガタイいいよね。大学でなんかやってるんだっけ。俺なんかほら、この通りだから……。店長はこういう時、なかなか本題に入らない。俺を傷つけまいとしてか、それともただ単に気が弱いだけなのか、ひたすら回りくどい話し方をする。

『でも、ちっちゃな子どもさんとか、お年を召したお客様からしたら、なんていうのかな。もうちょっとだけ柔らかい感じの方が安心すると思うんだよね、うん。それと』

 ここからが本番、と言うように、店長が咳払せきばらいを挟んだ。

『ほら、さっきの。お客様にあの態度はないかなあって』

 今から一時間ほど前、補充作業を終えてバックヤードから出ようとしたら、お客が二人、通路を塞いでいた。

 ちょっとそこ、いいっすか。

 急いでいたせいか、意識していたよりも、かなりとがった声が出た。中学生くらいだろうか? 女の子の方がびくりと肩を震わせ、慌てたようにこちらを振り向く。その反応に、あ、まずったかも、と思ったけど、今更自分の発言を取り消すこともできない。気まずさを感じつつも、早足でその子のそばを通り抜けた。あの女の子には、悪いことをした、と思う。どうやらそれを見られていたらしい。

『……すいませんでした』

 一応、謝りはした。謝りはしたけど、不服そうにしていたのも伝わったのだろう。店長はしばらくの間、何か言いたげな顔で口をもごもごとさせていた。それから店長が業者の対応で呼び出されて、そこで会話は終わってしまった。

 秒で一個目のパンを平らげ、フィッシュサンドに手をつける。透明フィルムを破いた瞬間、冷めた揚げ物の匂いが、ぷあん、と鼻をついた。油の浮いた自家製タルタルソースが胸焼けを誘う。

 この二ヶ月で、アンケートはがきに二回も名指しでクレームを書かれた。書いた人は別人だけど、書いてあることは大体一緒だ。背が大きい店員の態度が悪い。ひとつはレジに入った時ポイントの付け忘れでもめた近所のじーさんで、もうひとつの方はまったく身に覚えがない。商品の場所を聞いた時に威圧的な口調だった、とかなんとか。「態度が悪い」だけなら記憶にない、で逃げ切ることもできたかもしれないが、背が大きい店員、となるとこの店に該当の特徴を持った人間は俺しかおらず、言い訳のしようがなかった。

「つーか、レジやるなんて聞いてねえし」

 元々はバックヤードでの作業がメインで、という約束だったはずだ。面接の時も、レジに立つのは自信がないと伝えた。今までそれで何回もバイトをクビになってきたし、初対面の人には怖がられることが多いから、と。大丈夫大丈夫、そのうち慣れるから、と店長にかわされてしまったけど。それが結局、このざまだ。家から近いという理由だけで、応募するんじゃなかった。土台無理な話だったのだ、俺に接客なんて。

「このままバックれちまおうかなあ……」

「うにゃあ」

 その声に、今の発言を誰かに聞かれていたのかと身構える。



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『教室のゴルディロックスゾーン』
こざわたまこ


こざわたまこ
1986年福島県生まれ。専修大学文学部卒。2012年「僕の災い」で「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞。同作を収録した『負け逃げ』でデビュー。その他の著書に『仕事は2番』『君には、言えない』(文庫化にあたり『君に言えなかったこと』から改題)がある。

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