話題沸騰、たちまち重版記念! 水村舟『県警の守護神 警務部監察課訟務係』ためし読み
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『R県警記者クラブ 三月当番幹事社 X新聞 → 加盟社各位
記者会見のお知らせ
日時:本日午後一時より
案件:R県警に対する民事訴訟について
会見申込者:丸山京子弁護士(第二東京弁護士会)』
メールを受けとった加盟社の記者が、県警本部二階にある記者クラブに、ぽつぽつと集まってくる。
地元新聞紙記者の高崎が、行きつけの居酒屋で知り合いになった池田を見つけ、隣に腰を下ろした。池田は全国紙の記者で、東京から転勤してきて間もない。
「池田さんが最前列に陣取るとは。この弁護士、何者なんですか?」
「丸山弁護士は、警察相手の訴訟のエキスパートを自認している。警視庁やK県警あたりでは疫病神扱いされている女だ」
池田は、体を近づけて声を潜めた。
法律を武器に警察を糾弾することをライフワークとしている。訴訟にできそうなトラブルを探して全国を飛び回り、関係者にその気がなくても言葉巧みに焚きつけて訴訟を起こさせ、代理人におさまる──そう説明すると、高崎は感心したように言った。
「へえ。そんな稼ぎ方があるんですね」
「金は、所属する法律事務所……アウトローに重宝されているきな臭い事務所で、たんまり稼いでいる。警察相手の訴訟は、個人で受任していて、金目当てじゃないそうだ。勝敗を気にせず訴えてくるから、警察にとっては始末が悪い」
「知らなかったです。地元紙の俺が初耳なんだから、うちの県警とやりあったことはないと思いますよ」
「変な経歴でね……かつては六本木のクラブで働き、億を稼ぎ出す人気ホステスだったという噂だ。何があったか知らないが、それから、法科大学院経由で弁護士になったそうだ」
午後一時は、記者クラブが弛緩する時間帯だ。夕方のテレビニュースも、明日の朝刊も、まだ締切が遠い。
集まった記者たちは、疲れを隠せなかったり、眠そうだったりと、気だるい雰囲気を漂わせている。
しかし、定刻ちょうどに丸山京子が現れると──皆がスマホを手放し、メモを取るためにパソコンを準備した。池田の持っているような情報を知らないはずの記者たちも、ただの弁護士とは違うオーラを敏感に察知したのだろう。慌てて、本気で取材する構えを整えはじめた。
丸山京子は、セミロングの黒髪をかすかに揺らしながらテーブルへと歩き、立ったまま一礼する。
装いは、脚の長さとスタイルを強調する純白のパンツスーツ。
洗練された優雅な所作、そしてキリッとした眼差し──
記者の目を十分に惹きつけてから、集まってくれたことへの謝辞を述べ、椅子に座った。
「昨年十二月二十五日、ひとりの少年が交通事故で命を落としました。警察の発表は、パトロール中の警察官がバイク事故を発見し、救護活動中、後続車が突っ込み、バイクの少年が死亡。後続車は逃走し、いまだ捕まっていないというものです」
手元にタブレットを置いてあるが、そちらに目を落とすことはない。記者たちに等分に視線を送りながら、淀みなく話した。
「しかし、警察はいくつもの事実を隠蔽しているのです。ご遺族は、警察署の説明に不信を抱き、当職に調査を依頼しました。当職は、警官の不正を民事訴訟で暴くことを自らの使命としており、豊富な経験を有しております。当職の調査により、とんでもない事実が判明しました。事故は、警官の過失によって引き起こされたのです」
丸山京子の声はよく通り、記者クラブの空気を支配している。
「現場にいた警官が適切に行動していれば、少年が落命することはなかった。すなわち、事故の原因には、逃走した後続車のみならず、警官の過失も影響しているのです。そのため、当職は、ご遺族から委任され、国家賠償法一条に基づき、損害賠償請求訴訟を提起するに至りました」
丸山京子は言葉を切った。室内には、記者たちがキーボードを打つ音が折り重なっている。
「その警官の氏名を申し上げます。H警察署乙戸交番勤務、桐嶋千隼巡査、二十六歳」
『県警の守護神 警務部監察課訟務係』
水村 舟
水村 舟(みずむら・しゅう)
旧警察小説大賞をきっかけに執筆を開始。第2回警察小説新人賞を受賞した今作『県警の守護神 警務部監察課訟務係』でデビュー。