話題沸騰、たちまち重版記念! 水村舟『県警の守護神 警務部監察課訟務係』ためし読み
数日が経つと、上体を起こして、自分で食事が出来るようになった。
千隼は看護師が通りかかるたびに聞いた。
「私と一緒に、事故に遭った男性が運ばれてきませんでしたか。おそらく未成年なんですけど」
誰も答えは同じで「知らない」と言うのだが、幾人かは口ごもったり、答えるまでに間があったりした。
千隼は、医師が渋るのをどうしてもと頼み込んで、自分のスマートフォンを届けてもらった。
電源を入れると、大量の未読メッセージが溢れてきたがすべて後回しにした。
検索サイトを開き、キーワードとして、まず十二月二十五日の日付を入れた。
事故に遭った警察官の氏名は公表されないはず。だけど所属先ぐらいは公表されているだろう。「H警察署」と入れた。
指先が震えた。検索実行ボタンを押すのが怖かった。思わず目を閉じたくなるのを我慢する。
「ん……?」
予想外の検索結果が表示されている。
──防犯カメラがとらえた女性警察官発砲の瞬間!
──いまや交番の警察官が犯人にいきなり銃弾をお見舞いする時代なのである。
──この警官、めちゃくちゃ拳銃うまくね? やっぱ警察怖いわ。
ニュースよりも、まとめサイトやブログの方が上位に表示されてくる。検索条件を変えて、対象をニュース記事だけに絞った。
地方新聞の記事が表示された。
『十二月二十五日午前三時頃、万波町のマンションで、男が元交際相手の女性を刃物で切り付けようとしたところ、駆けつけた警察官が拳銃一発を発砲し、右手に全治二週間の怪我を負わせた。
男はその場で殺人未遂の疑いで現行犯逮捕された。
H署の野上副署長は、拳銃の使用は適正だったとの見解を示している』
きっと、私があのとき向かっていた現場だ──
急いで他の記事も読んでいくと、自分が寝ている間に起きたことが理解できてきた。
発砲の瞬間が動画に残っており、それがネット上に拡散しているらしい。個人のブログを幾つか表示していくうちに、動画へのリンクがすぐに見つかった。
動画は、粒子の粗いカラー映像だった。マンション共用部の廊下が映っている。天井から見下ろすような画角から、防犯カメラの映像とうかがえる。
再生開始後、すぐに右側から警察官が走ってきた。女性用の丸い制帽を被っている。すぐに立ち止まる。上背があるのだろう、顔がフレームアウトし、画面には肩から下だけが映っている。
左手が右腰に回った。拳銃ケースのカバーを外すときの動作だ。
動きが素早い。拳銃が画面に現れるまで一秒も要さなかった。右手に握った拳銃をすうっと上げ、左手をグリップに重ねる。わずかに腰を落とした瞬間、銃口がぴょんと跳ねて白煙が出た。
拳銃を保持したまま警察官は前に進み、画面から消えていく。
画面に映るのがマンションの廊下だけになったところで、動画は終わった。
「きっと、リオさんだ……」
あの夜、H署で勤務に就いていた女性警察官は、千隼の他に彼女しかいなかったと思う。
動画を見る限り、全くためらうことなく撃っていた。相手は右手の怪我だという。刃物を持った手に当てたのだろうか。
「凄いなあ──」
千隼は嘆息した。人に向けて撃てるのは、警察官職務執行法などの規定に適合するときだけ。決まりを無視すれば、撃った警察官が罪を問われる。だから誰もが慎重になり、ギリギリまで拳銃を使わずに解決する方法を考えるのだ。牧島のように、そもそも使う気がない者も大勢いるだろう。
あの日、野上副署長に言われたことが頭をよぎる。もし自分がこの現場に到達していたとして、リオのように行動できただろうか。
スマホに指を滑らせる。今度は、弁護士を名乗る人物のブログが目についた。
『「警察官職務執行法」「拳銃使用及び取扱い規範」は、原則として、いきなり撃つことを認めていない。予告または威嚇射撃を欠いて直ちに射撃することは極めつけのレアケース。それが偶然にも映像に記録されていたことで、警察の今後の対応が注目される』
他にも、問題点を指摘する記事がいくらでも見つかる。
千隼は天井を見上げ、目をつぶった。
私のせいだ──
牧島と自分が現場に到着できていれば、こんなことにはならなかったのに。
悔しい気持ちが襲ってきて、スマホを投げ出そうとしたけれど、最初にやろうとしていたことを思い出した。
先ほどと同じように「十二月二十五日」「H署」と入れ、それに「事故」というキーワードを足した。地元新聞社のニュースが出てきた。
『事故現場で轢き逃げ。一人が死亡、一人が重傷』
その見出しが目に入ったとき、息が詰まった。
『県警の守護神 警務部監察課訟務係』
水村 舟
水村 舟(みずむら・しゅう)
旧警察小説大賞をきっかけに執筆を開始。第2回警察小説新人賞を受賞した今作『県警の守護神 警務部監察課訟務係』でデビュー。