採れたて本!【歴史・時代小説#12】

採れたて本!【歴史・時代小説】

約束の果て 黒と紫の国』で日本ファンタジーノベル大賞2019を受賞した高丘哲次の二作目は、泥徒ゴーレムが存在する、現実とは似て非なる歴史を描いている。

 ウィーン会議の最中にナポレオンが追放先のエルバ島から脱出し、大国の妥協でロシア、オーストリア、プロイセンの被保護国としてレンカフ自由都市が誕生した。この小国には、泥でできた体に秘律文を書き込んだ礎版ポドスタベクを埋め込むことで泥徒を造る特有の産業があった。

 著者は、産業革命が広がり、貧困にあえぐ民衆がロシア革命を起こし、日露戦争や第一次世界大戦らしき近代総力戦が行われた十九世紀末から二十世紀頭の歴史に、矛盾なく泥徒製造が産業として発展するフィクションを織り込んでおり、そのイマジネーションは圧倒的だった。

 泥徒を創造する尖筆師リサシュの名門カロニムス家に生まれたマヤは、わずか十二歳で泥徒スタルィを造った。マヤは名家を継ぐため勉学と泥徒研究に励むが、父イグナツが殺され、カロニムス家に伝わる泥徒創造の秘伝が書かれた十個の原初の礎版ピェルボトニ・ポドスタベクのうち三個が盗まれた。父の徒弟セルゲイ・ザハロフ、有馬行長、ギャリー・ロッサムが父を殺し、原初の礎版を盗んだと考えたマヤは、経営者で政治家でもあった父の仕事を継承しつつ、新たな秘律文を書き込み、言葉を操り食事もするようになったスタルィと真相を追う。

 泥徒は職人技で造られる高価な工芸品だが、大量の工場労働者や兵隊が求められた時代なので、性能は低いが安く造れる泥徒も求められていた。三人の弟子を追うマヤは、アメリカに渡ったロッサムが驚くべき方法で泥徒の大量生産を試み、帰国した軍医の有馬が、技術のアレンジが巧い日本人の器用さを活かして戦闘用の泥徒を開発しているのを知る。

 日露戦争で泥徒を使った日本軍の新戦術を見たマヤは、ブルジョワを打倒した労働者が新たな抑圧層にならない細胞主義でロシア革命を成功に導き、人間と泥徒を大量動員して革命を広げる戦いを始めたザハロフと対峙することになる。

 スタルィは例外だが、泥徒は言葉が話せず、誤魔化しをせず、主人に忠実なのでコストが下がれば人間より有能な労働者になれる。ザハロフが使い捨てにしても惜しくないほど経済効率がよい泥徒を開発しているのに対し、マヤは主が人間を造ったように原初の礎版の秘密を解き明かして完璧な泥徒を造りたいと考えており、これが二人の対立の根本原因になっている。ザハロフと同じように、急速に発達しているテクノロジー(特にAI)を使えばコストのかかる労働者が削減できるとの考えが広まりつつあるだけに、技術革新が労働環境を変えた歴史を象徴的に描いた本書の問い掛けは重く受け止める必要がある。

最果ての泥徒

『最果ての泥徒ゴーレム
高丘哲次
新潮社

評者=末國善己 

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椹野道流の英国つれづれ 第18回