椹野道流の英国つれづれ 第18回
◆イギリスで、3組めの祖父母に出会う話 ♯18
「パブはどうだった?」
キッチンを覗くと、エプロン姿のジーンは、笑顔でそう訊ねてきました。
「楽しかったです! 凄く素敵な建物でした」
そう答えると、ジーンは「そうでしょう。そのかわり、燻製みたいになるけどね」と笑って、私の服をくんくんと嗅ぐ仕草をしました。
「あなたも少し燻されちゃったわね。さて、お腹はすいてる?」
「とっても!」
「よろしい。じゃあ、支度を手伝って」
なるほど! 料理は自分のペースがあるから誰かに手を出されたくないけれど、それをテーブルに並べる作業は手伝ってもいいんだ!
よーし、任せて。
さすがに、何かは手伝わせてもらわないと、身の置き所がありませんもんね。
「何をしたらいいですか?」
張り切って、シンクで手を洗いながら訊ねると、ジーンは調理台の上を指しました。
「ピッチャーにお水を入れて、テーブルに置いておいて。あと、お皿を拭いてマットの上に一枚ずつ並べてちょうだい」
ふむ。
ごってりした大きなガラスのピッチャーに、言われたとおり、水道水を汲みます。
たぶん食事中に飲むためのものでしょう。
「氷は?」
「入れないわよ、そんなの」
やはり、家庭でもあまり冷たいものを飲む習慣がない模様。
ずっしり重くなったピッチャーを両手で抱え、キッチンからリビングに下りる段差に気をつけながら、ダイニングテーブルに運びます。
ダイニング「ルーム」といっても、本当に小さな空間なので、テーブルを椅子四脚で囲めば、もう余分なスペースは少しもありません。
その狭さが、むしろ安らぐ感じです。
あと、テーブルのすぐ脇に窓があり、手入れが行き届いたお庭と、その向こうに広がるなだらかな丘が見えるので、まったく閉塞感がないのです。
広々した部屋のど真ん中にぽつーんとテーブルを置かれるより、ずっと落ち着きます。
「お皿はどこに?」
「そこ」
両手にミトンをはめ、オーブンから牛肉と野菜が入った耐熱容器を注意深く取り出し、調理台に置いてから、ジーンは背後をスッと指さしました。
示されたほうに目を向けると……うおー。
なんか、謎のマシンの上に、でっかいお皿が三枚、重ねて置いてあります。
謎のマシンとは……。
楕円形の白い台の上に、透明な樹脂製の筒状容器が二つ重ねられていて、そのあちこちからもうもうと湯気が上がっているのです。
お皿は、上の筒状容器の上に、蓋代わりに載せられています。
「これ、何ですか?」
「スチーマーよ。日本にはないの?」
スチーマー……ああ、蒸し器!
いちばん下の台になった部分に水を溜めて電気で湯を沸かし、そこから立ち上る蒸気で上の容器に入れた食べ物を蒸す構造です。
兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。