辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第32回「消去法で残っただけの親」

辻堂ホームズ子育て事件簿
ワーママ第一世代の叔母は、
どうやって仕事と育児を
両立していたんだろう。

 2023年10月×日

「●●くん(自分の名前)、いぇいいぇいいぇい、すきー」

 1歳10か月の息子の、人生初の3語文である。息子より2学年上の娘が初めて3語文を喋ったのが2歳8か月、つまり去年の今頃だったことを思うと、なんだか年子を育てているかのような錯覚に陥る。子どもの個性の違いというのは本当に面白い。

 ……で、「いぇいいぇいいぇい」とは何なのかというと、ビートルズの曲〝She Loves You〟のことだ。夫がUKロック好きなので、我が家ではドライブ中などにビートルズの曲がよく流れる。サビの歌詞に〝She loves you, yeah, yeah, yeah〟という印象的なフレーズがあることから、何度か聴くうちに勝手にそう呼ぶようになったらしい。ちなみに人生2つ目の3語文は、「●●くん、まま、すきー」だった。うう、ビートルズに惜敗。無念。

 そして3歳の娘も、同じくビートルズにハマっている。姉弟(と父)で趣味が一致するのはいいのだけれど、問題はお気に入りの曲が異なることだ。幼稚園や保育園のお迎え時、子どもたちを車に乗せたところから、戦いは始まる。

息子「まま、いぇいいぇいいぇい(訳:ママ、ビートルズの〝She Loves You〟を流して)」

娘「いぇいいぇいいぇい、やだー! かもんかもんがいい!(訳:〝She Loves You〟は嫌だから 〝Please Please Me〟を流して!)」

息子「いぇいいぇいいぇい!」

娘「だーめ! かもんかもん!」

私「喧嘩はやめてよ……じゃあ間を取って〝Yellow Submarine〟を流そうかな」

息子「おっきっきー♪(訳:〝Yellow Submarine〟~♪)」

娘「いぇろーさんまりん、きらい! ほーみーがいい!(訳:〝Yellow Submarine〟は嫌いだから〝Eight Days a Week〟を流して!)」

 ここのところ、毎日こんな感じである。どうせなら同じ曲を気に入ってほしいものだ。というか、3歳と1歳がビートルズの曲をどれにするかで一人前に喧嘩しないでよ、もう。君らが生まれる60年近く前に活躍したバンドだぞ、ちとレトロすぎやしないか。そもそも私は邦楽ファンなのに、君たちのせいで Apple Music のプレイリストがビートルズだらけだよ、なんとかしてくれ~!

 子どもの成長は早いもので、最近はパンがもう1つ欲しいと泣いている息子の前で、もともと持っていたパンを2つにちぎって「ほら! 2つになったね! やったぁ!」と下手な演技をしても通用しなくなってきた。娘に至っては、私がコップに麦茶を注ぐときに少しこぼしたりすると「まま、だいじょうぶ? あぶないよ、おちゃをいれるときは、きをつけてね?」などと優しく忠告してきたり、息子のおやつを「ちょっとしつれーい」と陽気に言いながら奪い去っていったりする。

 昨日は、娘が「まま、ごはんまぜたい」などと言い出したため、炊きあがったご飯を一緒にしゃもじで搔き混ぜるお手伝いをしてもらおうとしたら、絶望した顔で大泣きされてしまった。娘の訴えを聞くに、どうもお米を研ぐところからやりたかったらしい。「ごはん、とぎたかったぁぁぁぁ」と新しい言葉を覚えて癇癪泣きをする娘を眺めながら、子育ても日本語も難しいなぁと、夫婦そろって苦笑いしたものである。


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辻堂ゆめ(つじどう・ゆめ)

1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』『二重らせんのスイッチ』など多数。最新刊は『サクラサク、サクラチル』。

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