辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第30回「理想の人生って何だ」(後篇)
社会人になっても続く違和感。
人生の正解はどこに?
2023年8月×日
ド真面目な優等生だったばっかりに、中学や高校の頃に選択を誤ったことは、他にもあった。
私は前述のとおり、子どもと触れ合ったり遊んだりするのが大好きであるため、小学校の先生になりたいという夢を持っていた。でも勉強を頑張って成績が上がってくると、「先生はいっぺんに30、40人の子どもとしか向き合えないけど、例えば文部科学省に行けば、全国の子どもの未来を変えられるよ」というような言葉を周りの大人にかけられるようになった。
自分がなぜ先生になりたいのかを深く分析できていなかった未熟な私は、それもなるほどもっともだと簡単に納得してしまい、じゃあ省庁を目指そう、官僚になるなら東大法学部が一番の近道だろう、というように短絡的に進路を決めてしまった。指定校推薦で私大に進学したいという希望を却下されたとき、案外素直に東大を目指すことにしたのはこのためだ。
しかしいざ大学に行き、法律を学んだり、サークルのOBなどから省庁の実態を聞いたりするうちに、「それって子どもと関われないし、私のやりたかった仕事じゃない!」という事実に、まったく遅ればせながら気がついてしまった。東大に合格したからといって、その頃の私は勉強ができるだけの単なるお子様で、将来就く仕事のことを具体的に考えられていなかったのである。
小難しくて興味を一切持てない法律と一生戯れる? そんなの御免だ! というわけで、親と熾烈な言い争いをした挙句に国家公務員を目指すのはやめることにしたのだが(どうもこの年齢で初めて反抗期を迎えたようだ)、もともとの夢だった小学校の先生になる道はすでに断たれていた。東大では、たとえ教育学部に行ったとしても、小学校の教員免許は取れない。「教育学」を学ぶ課程と教員養成課程というのは別物で、東大で履修できるのは前者らしいのだ。一応、法学部だと中高の公民の教師にはなれるようだったが、それはちょっとイメージが違う……。悔やんでも後の祭りだった。
東大法学部の卒業生の就職先は、法曹、国家公務員、民間就職の三つにだいたい均等に分かれる。法律の勉強が嫌いなのだから、国家公務員と同様に法曹という選択肢もありえないわけで、そうなると残る民間就職へと進むしかない。就活ではとにかくホワイトで社風が合う会社を探し、最もピンときた企業に入社した。
会社選びは間違っていなかったと思っている。だけど結果的に、会社員生活はつらくて仕方がなかった。
大学4年時にデビューしたため最初から作家との兼業で忙しかったのもあるとは思うけれど、会社自体はホワイトで、ほぼ定時帰りができていた。合わなかったのはもっと深い、精神性の部分だ。利益を生み出すためには、純粋であるよりも、どちらかというと狡猾であることが求められる。自分自身がさして魅力を感じられない商品を、口先だけでお客様に勧めたり、企画側として販促したりする毎日に、早々に嫌気がさしてしまった。
別に悪いことをしているわけではないし、給料をもらうためには仕方のないことなのだけれど、そんな会社員の宿命をどうしても受け入れられない。それであるとき、尊敬していた部署の先輩女性に質問を投げかけた。「なんで仕事にそこまで一生懸命になれるんですか?」と。彼女の答えは、「ゲームをやってる感覚だよ。いかにハイスコアを出せるか、みたいな」というものだった。ああこれが理由か、と目の前が開けたような、もしくは閉ざされたような心地になった。私は普段、ゲームを一切やらない。
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「辻堂ホームズ子育て事件簿」アーカイヴ
1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』『二重らせんのスイッチ』など多数。最新刊は『サクラサク、サクラチル』。