ニホンゴ「再定義」 第19回「大予言」
本連載は、〝職業はドイツ人〟ことマライ・メントラインさんが、日常のなかで気になる言葉を収集する新感覚日本語エッセイです。
名詞「 大予言 」
昭和日本、高度経済成長期の終盤を大いに盛り上げた話題のひとつに「大予言」があると聞く。もちろん私が来日する遥か以前の出来事だが、これにまつわる物語は非常に興味深い。
予言内容そのものについては「ノストラダムスの大予言」という文字列で Web 検索したほうが効果的に情報吸収できるだろう。とにかく「1999年の7月に恐怖の大王と称されるものが空から降ってくる(そしてたぶん現行文明は壊滅する)」というのがクライマックスで、それを中心に解釈が沸騰していたとのこと。ちなみに私の初来日は1999年の8月であり、要するに大予言「空振り」の余韻の中だったのだが、本人はそんなこと知る由もない。まあそれはよいとして、ここで真に重要なのはジャパニーズ同時代人の証言だ。たとえば私の夫(1970年生まれ)に語ってもらおう。
「まー今からみれば実にトンデモだったわけですけど、当時、それも中坊の脳味噌にとっちゃそこそこリアリティのある話で、ていうか、あのノストラダムスの四行詩のもったいぶった抽象っぽさがキモかった。予言解説本ってのは、ネタをその時代での現実的な不安や危機感に結びつけるのが上手くて、たぶんそこがカリスマ的な恐怖の核心だったと思う。だってさぁ、冷戦時代まっただ中じゃないですか。核戦争の恐怖ですよ。そりゃアメリカ人もロシア人も人間なんだし良識はそれなりにあるだろうからそう簡単にミサイル撃たないだろうとは思うけど、そーなると『偶発核戦争』ってタームが出てくるんですよ。なんかの間違いで世界が核の炎につつまれる! You は Shock! 愛で空が落ちてくる! それだけじゃなく環境破壊による異常気象の恒常化とか石油枯渇とか、あと巨大地震とか、とにかくリアリティ豊かな地獄ネタが山盛りてんこ盛りで、どれか一つでも的中しちゃったら予言成就でオレとか家族とかの生活はオシマイなんですよ! そういう逃げ場のなさが……うーん、イヤそうなんだけど、でも言ってて感じる。微妙に何かが足りない……(ここで3分ほど長考)……あぁわかった。あのですね、まあたとえばテレビで大予言スペシャルみたいな番組をやると、まあその、環境破壊で地球の自律機能がおかしくなって、真夏は外に出られないほどの焦熱地獄になる! とかさんざん煽った末に、『人類よ、生き方考え方を変えるなら、それは今だ。残された時間はもう長くない。しかし今ならまだ間に合う!』みたいな必殺ナレーションが、楽園リゾートっぽい海でイルカが泳ぐ映像にかぶってシメになるんですよ。すると子供心に焦りながら思うじゃないですか。何とかしなきゃ! って。でも一緒にテレビを見てる両親とか、ぜんぜん焦ってないんですよ。あとニュースとかで見る世間全体がそう。なーんも危機感もって動いてないし、生き方も考え方も変わってない。テレビCMで『省エネ』とか『地球にやさしく』とかいっても、そんなん小手先やん。看板だけじゃんって、オレみたいなガキにもわかるんよ。こんなにいろいろヤバくなってて、基本的に今のままだと地球滅ぶしかないらしくて、
でも、誰も、なーんもしないんかい!!!
という状況が明確化したのが怖かった。そう、ホントに怖いのはそこだった。さらにな、オレ自身、けっきょく怖がりまくっただけで何もしなかったんよ。オレもダメやん。すべてが、元の日常に埋没すべく動いてしまう。それがまた怖さのダメ押しみたいな感じだったのよーーーー! オレらみたいな大予言世代の人間にとって、SDGsとかクリーンエネルギー構想とかって、どんだけ売り口上が上手くても、どうにも単なる時間稼ぎにしか見えないのよーーー!」
……などなど。