週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.162 くまざわ書店営業推進部 飯田正人さん

目利き書店員のブックガイド 今週の担当 くまざわ書店営業推進部 飯田正人さん

『銀河の図書室』書影

『銀河の図書室』
名取佐和子
実業之日本社

 きょうは最近よんでしみじみとよかった小説を紹介します。名取佐和子『銀河の図書室』という作品です。舞台は県立野亜高校、時は春の入学式。物語は高校2年生の「チカ」と「キョンヘ」が「イーハトー部」の新入部員を勧誘しようとする場面から始まります。

 イーハトー部とはなにか?わたしはまったく聞き覚えがなく、ボート部みたいなものだろうか(イーハトーという乗り物があることになる)、と訝りながら読み進めると文化部、それも弱小であるとわかります。読者諸賢はピンと来たでしょうか。

 以下は、勧誘のための立て看板を図書室にとりにいったチカが、そこで出会った先輩の女子生徒にしたイーハトー部の説明です。

「宮沢賢治の作品を読んだり、作家自身を研究したり、あとはまあ、宮沢賢治と関係のない雑談も多いかな。司書教諭の郡司先生が顧問になってくれたんで、部員の過半数が図書委員を兼ねることを条件に、図書室で活動しています」

 な、なんてシブい部活なんだ!

 イーハトーヴという宮沢賢治の造語をもじった部活なんですね。大学のサークルだったら専門的な研究会でもメンバーが集められそうだけど、高校生でそんなに仲間が集まるのだろうか。宮沢賢治の地元の岩手県花巻市の高校なんだろうか。図書委員のなかに宮沢賢治オタクがいるとかだったらわかるけれど。しかも部員男ふたりしかいないの!? などと思っていると、イーハトー部に興味津々な新1年、「マスヤス」の勧誘に成功します。わたしの思ってるより宮沢賢治は高校生に人気があるのかな?

 さて、この物語は序盤に大きなミステリーが提示されます。イーハトー部の創設者にして中心人物の風見さんという先輩が、秋の修学旅行後に謎のメッセージを残したっきり、学校にまったくこなくなってしまっているんです。

「ほんとうの幸いは、遠い」

 それ以来チカがどんなメッセージを送っても既読になりません。ほんとうの幸いって何のことなんだ? 風見さんは何かを伝えようとしていたのではないか?

 このフレーズは宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場するものでありまして、イーハトー部のみんなで『銀河鉄道の夜』を読み直して風見さんのメッセージの意味を読み解こうよ、ということになり、間近に迫ったビブリオバトルでチカが『銀河鉄道の夜』を紹介しようと決まります。ちなみに昨年のビブリオバトルでは風見さんが『風の又三郎』を紹介して優勝しているそうで、風見さんの偉大さが示されます。果たしてチカは風見さんのメッセージを読み解けるのか?

 また、冒頭でチカが図書室で遭遇した先輩の女子生徒が返却しにきた本も実は『銀河鉄道の夜』であり、これは偶然なのだろうか、このひとは風見さんのことを知っているのだろうか? すごく美人ということもありチカはこの先輩がすっかり気になってしまいます(まったく高校2年生男子ってやつぁ)。

 物語が大きく動き出す中盤。なんと今、風見さんが図書室に来ているらしい。まじですか!? ここからは風の又三郎並の怒涛の展開で(どっどどどどうどどどうどどどう)、銀河鉄道並みに終点まで駆け抜けられるはずです(無理やりにたとえなくても)。

 本書の最大の魅力は宮沢賢治作品によって繋がれる縁や、それに背中を押される様子です。それはささやかながらも、確かに芯のあるもので、部活モノとしては一見地味めですが、とても味わい深く胸に残る作品です。

 また、図書室モノとして、宮沢賢治作品以外にもたくさん本が登場するので、読んでみたいな、という本が増えること請け合いなのも本屋的にはうれしいポイントです。作中の重要な場面で森絵都さんの『カラフル』という作品が登場するのですが、本書が『カラフル』と同じように、若い読者に読み継がれていく本となったらうれしいなあと思います。

 さあ、最後はベタな宮沢賢治オマージュで締めましょう!

 どなたもどうかお読みください。
 決して御遠慮は要りません。

  

あわせて読みたい本

『図書室のはこぶね』書影

『図書室のはこぶね』
名取佐和子
実業之日本社

 こちらは『銀河の図書室』より何年か前、同じ野亜高校が舞台の小説です。体育祭の1週間前に図書室に10年ぶりに返却されたケストナー『飛ぶ教室』の謎を、運動部女子と図書委員男子のでこぼこコンビが追いかける青春小説。わたしは遡って読んだんだけど、こっちから読んだほうが嬉しいことがあるかも!

 

おすすめの小学館文庫

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穂村 弘
小学館文庫

 こないだ短歌のトークイベントでお話をきく機会がありまして(とてもよかった!)まんをじして初期エッセイを手に取りました。何周遅いんだといわれてしまいそうですが、ようやくみんながハマる理由がわかりました。ふふふと笑えます。わたしもふふふと笑える文章が書きたいよ〜。

飯田正人(いいだ・まさと)
書店バイヤーをしています。趣味は映画(年間100本映画館で観ます)。最近嬉しかったことは指導担当のお店が褒められていることと、自宅の台所の下にもうひとつ収納があると気づいたこと。


◎編集者コラム◎ 『ステイト・オブ・テラー』ヒラリー・クリントン ルイーズ・ペニー 訳/吉野弘人
吉川トリコ「じぶんごととする」 12. まだその名前を知らない 前編