穂村 弘『短歌のガチャポン、もう一回』

制服は卒業したらば真っ先に切り刻みます
大学生の時に短歌というジャンルに出合ってから、40年以上も読み続けているのに、どきっとする歌に出合うことがあります。『短歌のガチャポン、もう一回』は、そんな短歌を集めたアンソロジーです。
5+7+5+7+7=2²+3³
富尾大地
普通に数学の式として成立している。でも、「ごたすなな/たすごたすなな/たすななは/にのにじょうたす/さんのさんじょう」と音読すると、ぴったり五七五七七の短歌になっていることがわかる。よくこんなことを考えるなあ、と驚いた。しかも「5+7+5+7+7」の部分には、短歌の音数律である五七五七七が使用されている。これは「短歌とは?」というメタレベルの問いかけかもしれない。
ねたらだめこんなところでしんじゃだめはやぶさいっしょにちきゅうにかえろう
田中弥生
小惑星探査機「はやぶさ」への呼びかけらしい。平仮名で表記された幻の声は誰のものなのだろう。魂だけの透明な何者かが「はやぶさ」に寄り添っているようだ。機械の鳥に懸命に命を吹き込もうとする言葉が胸を打つ。
ゆうべ夢でおまえに会ったと聞かせればあたしもという顔をする猫
風花雫
「あたしも」に驚く。片思いだと思い込んでいたら違った、というような衝撃。もちろん真実はわからない。ただ、短歌の中で、一人と一匹の間に結ばれた幻の愛の成就が輝いている。
制服は卒業したらば真っ先に切り刻みますと彼女の八重歯
栗原歩
青春の無謀な美しさを感じる。「制服」にいい思い出がないのか。それとも、過去を振り返ることなく前に進む、という決意だろうか。このように表現されると、「八重歯」で切り刻むような錯覚が生まれるところも面白い。
午前2時裸で便座を感じてる 明日でイエスは2010才
直
時は2010年。聖夜、世界中の人々が救世主の誕生日を祝っている。でも、〈私〉は裸で冷たい便座に座っている。そして、ふと思ったのだ。「明日でイエスは2010才」と。その衝撃が21世紀の極東に生きる孤独な魂を照射する。
穂村 弘(ほむら・ひろし)
歌人。1962年札幌生まれ。1990年、歌集『シンジケート』でデビュー。評論、エッセイ、絵本、翻訳など様々な分野で活躍している。『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』『世界音痴』『もうおうちへかえりましょう』『ラインマーカーズ』『短歌のガチャポン』他著書多数。2008年、短歌評論集『短歌の友人』で伊藤整文学賞、2017年、エッセイ集『鳥肌が』で講談社エッセイ賞、2018年、歌集『水中翼船炎上中』で若山牧水賞を受賞。