辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第44回「お巡りさんは人さらい!?」
容赦なく質問を浴びせる長女。
毎日が真剣勝負だ。
2024年10月×日
「なんで、なつはあついの?」
──ええと……今●●ちゃんがいるところが、ちょっとだけ太陽に近くなるからだよ。
「なんで6月と7月はたくさんあめがふるの?」
──●●ちゃんが住んでるところの上で、雲がずーっと止まっちゃうからだよ。
「なんでペンギンはそらをとべないの?」
──え、ペンギン? うーん……なんでだろね? 羽が短いんじゃない?
「なんで、もものたねは大きいの?」
──あー……分かんない分かんない! それは分かんない!
私がギブアップすると、長女はさも当然といった表情で、「スマホでみればいいんじゃない?」とのたまう。
分からないとか言わずにググれよ、ということか。さすが令和の4歳児。地球の自転や公転と季節の関係も、日本の上空で梅雨前線が停滞する仕組みも、お気に入りのアニメキャラクターの年齢も、Eテレに出演している子役の誕生日も、はたまた子ども向け料理番組で見かけたレシピの詳細も、すべてスマートフォンで調べれば瞬時に答えが出ると思っている。
(──と、ここまで書いたところで息子の保育園からお迎え要請が。発熱はないが掌に赤い発疹が出ていて、手足口病かもしれないという。小児科の予約は午後からしか取れないので、ソファで隣同士に座り、アンパンマンの録画を見せながら仕事を再開する。ああ、預けてからまだ1時間しか経っていないのに……! というようなことは、未就学児の子育て世帯にはつきものだ。)
ええと、何の話だったか……そうだ、夏に入る頃から唐突に始まった、長女の「なんでなんで攻撃」がすごい、という話。
ちなみに、ペンギンが空を飛べないのは、羽が短いのに加え、身体が重いからだという。あの可愛らしい羽は、あくまで水中を泳ぐためのもので、船のオールのような役割を果たしているのだ。また、私たちが普段食べている桃の種が大きいのは、食用に繰り返し行われてきた品種改良の結果らしい。それが証拠に、鳥などに種子を運んでもらいやすいよう、野生の桃はもう少し種が小さいのだとか。なるほど、知らなかったなぁ……。
確かに、スマートフォンは便利だ。大抵の疑問に答えを返してくれる。でもねぇ長女よ。お母さんは、理科が苦手なんです。あなたくらいの年齢の頃から自分を文系と信じて生きてきた人間なんです。季節や天気や植物のことばかり質問して、ド文系の母を苦しめないでください。
──と、心の中で呪詛を唱えていると、今度はまったく異なる方向性の質問が飛んでくる。
「ねぇママ、うみの日は、ようちえんがおやすみだよね?」
「そうだねぇ」
「どようのうしの日は、なんでおやすみじゃないの?」
ど、土曜の丑の日? なぜそんな概念を知ってるんだ──というのは置いといて。
「ほら、カレンダーを見て。海の日は日付の数字が赤くて、土用の丑の日は黒いでしょう。赤い日は『祝日』っていって、土曜日や日曜日じゃなくてもお休みなの。ってことは、土用の丑の日は祝日じゃないんだね」
「なんで、どようのうしの日は『しゅくじつ』じゃないの?」
「偉い人たちが、『この日はお休みにしましょう』って決めてないからだよ」
「えらいひとたちって?」
国会議員だ。日本の祝日は法律で決まっていて、その法律を制定する偉い大人たちがいる。そう説明したいところだけれど、さすがに4歳児には理解できないだろう。下手に「えらいひと」について深掘りし続けると、以前長女が昭和天皇に対抗し始めたときの二の舞にもなりかねない(第39回「メルちゃん失踪事件」参照)。やむなく、「土用の丑の日より、海の日のほうが大事な日なんだね~」という、あまり本質的でない回答で誤魔化す。
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「辻堂ホームズ子育て事件簿」アーカイヴ
1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』『二重らせんのスイッチ』など多数。最新刊は『二人目の私が夜歩く』。