採れたて本!【国内ミステリ#27】

採れたて本!【国内ミステリ#27】

 実在の人物を主人公にするというのは歴史ミステリの1つの様式美だが、羽生飛鳥はいつも渋いところを選んでくる。デビュー作『蝶として死す 平家物語推理抄』と第2作『ようらんの都 平家物語推理抄』の探偵役は平頼盛(清盛の異母弟)という知る人ぞ知る人物だったし、『歌人探偵定家 百人一首推理抄』は、探偵役こそメジャーな歌人貴族の藤原定家だが、ワトソン役は頼盛より更に数倍知名度が低い息子の平保盛だった。

 新刊『賊徒、暁に千里を奔る』の主人公は、「小殿」と呼ばれた人物だ。著者は小殿について、橘成季の編著『古今著聞集』をベースに、「山へ行けば山賊、海へ行けば海賊、都に行けば強盗、辺土(僻地)へ行けば追剝を働き、数えきれないほどの人々を震え上がらせた大盗賊」だったと登場人物に語らせている。なかなかの才気の持ち主でもあったようだ。

 本書の始まりとなるのは、鎌倉時代の建保3年(1215年)。その頃には小殿は盗賊稼業から足を洗っており、老いて京の都でつつましく暮らしている。そんな小殿のもとに、顔馴染の橘成季が、老僧と少年僧の2人を連れてやってくる──というのが、第1話「真珠盗」の冒頭だ。老僧は高名な仏師の運慶だった。彼に請われるままに、小殿は自分が盗賊になったばかりの少年期に、ある貴族の屋敷からしらたま(真珠)を盗み出した思い出を語りはじめる。

 本書の5つのエピソードは、いずれも昔、小殿がいかにして悪事を成功させたかをゲストに出題するスタイルとなっている。ハウダニットの興味を重視したあたりは、エドワード・D・ホックの「怪盗ニック」シリーズを想起させる。一方で、小殿は今でこそ昔の罪を悔いているけれども、かつては荒事どころか人殺しも辞さないなかなか外道な盗賊で、その落差も面白い。

 小殿と知恵比べを繰り広げるゲストは、第1話では運慶、第2話では栄西と慈円……といった具合に、この時代の有名人たちである。2022年のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』でお馴染みの人物も多く、ドラマを思い返しながら読むのも一興だ。特に第3話に登場する後鳥羽上皇の負けず嫌いぶりは、『鎌倉殿の13人』で上皇が源頼朝の死因を推理する安楽椅子探偵めいたエピソードがあったことを振り返ると実に楽しい。

 最終話のオチは歴史に詳しい読者なら早い段階で見当がつくと思うが、小殿が背負う悪因悪果の宿命が、彼の予想もしない方向へと歴史を動かしてしまう皮肉さが印象的だ。

賊徒、暁に千里を奔る

『賊徒、暁に千里を奔る』
羽生飛鳥
KADOKAWA

評者=千街晶之 

ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第149回
◎編集者コラム◎ 『もうあかんわ日記』岸田奈美