◎編集者コラム◎ 『もうあかんわ日記』岸田奈美

◎編集者コラム◎

『もうあかんわ日記』岸田奈美


『もうあかんわ日記』写真

 この文庫カバー、かわいくないですか……? 

 不穏な気配があり、人物はしょんぼりしているような虚ろなような、でも少しの希望が感じられる絶妙なカバーになったと思っています。

 小学館での岸田奈美さんのシリーズはすべて岸田さん自身が描き下ろしています。よって、この人物は奈美さんが描く奈美さん。これはシリーズのブックデザインを手がけてくださっている装丁家のコズフィッシュ(祖父江さん、根本さん)さんからの提案でした。

 イラストについて、毎回スパルタ・ソビー(祖父江)先生からの指導が入ります。手に持っているおたまがフライ返しに変わったり、線の太さを調整したり、試行錯誤を経て、ようやくこの形にたどり着きました。岸田さんらしいユーモアと温かみが詰まったカバーイラストになったと思います。

 さて、本の内容ですが、タイトルの通り、「もうあかんわ!」と思わず叫びたくなるような日々が綴られています。

 ときは2021年のコロナ渦、突然高熱を出された奈美さんのお母さまが細菌性心内膜炎となり大きな手術を受ける中、おばあさまは認知症で時空を超えてしまい、ダウン症の弟はこの状況を受けて自立を目指す——そんな怒涛の日々を、岸田さんならではのユーモアたっぷりな筆致で描いています。逃げずに立ち向かう奈美さんの姿に、読むとなんだか救われた気持ちになります。なお、個人的には「鳩との格闘」では涙を流して笑ってしまいました。大好きです。

 さらに「記録」としても、この本はすごいんです。コロナ禍当時の入院面会制限で大変だったことを、「ああ、そんなこともあったな」と思い出しました。2025年の今、あの頃の記憶は少しずつ薄れてきています。でも、この本を開けば、当時の先の見えなさや社会の雰囲気が蘇ってきて、「日記」という記録の強度を感じます。

 そして、文庫版には頭木弘樹さんによる「解説」が収録されています。この解説が本当に素晴らしく、改めてこの本の意味を深く考えさせられました。

 頭木さんは、「リアルタイムで書き続けることの強さ」について語っています。苦しいときを振り返る文章はどうしても教訓めいてしまうことが多いし、逆にリアルタイムで書かれたものは生々しく、読むのが辛く感じることもありますよね。けれど、この本は、読み手に負担を与えず、むしろおもしろく読めてしまう。これは、岸田さんの文章の妙であり、本書の大きな魅力でもあります。

 頭木さんがそのことを的確に言葉にしてくださったことが、とても嬉しかったです。

「大変な時期を生き抜いた証」としての価値もある本です。文庫になったことで、より多くの人に届くことを願っています!

──『もうあかんわ日記』担当編集者より

もうあかんわ日記
『もうあかんわ日記』
岸田奈美
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