採れたて本!【国内ミステリ#29】

AI(人工知能)が、ニュース番組で普通にアナウンサーを務めたりする時代である。ミステリの世界でも、AI探偵が活躍する作品は少しも珍しくなくなった。だが、そんな設定に慣れた読者をも驚かせること必定なのが、松城明の『探偵機械エキシマ』である。
著者は2020年、短篇「可制御の殺人」で第42回小説推理新人賞の最終候補に残り、それを表題作とする連作短篇集『可制御の殺人』で2022年にデビュー。その後、デビュー作と同じシリーズの長篇『観測者の殺人』、特殊設定ミステリの長篇『蛇影の館』を上梓している。極めて凝った設定のもと、入り組んだ物語を構築するのが作風の特色だ。
4冊目の著書である本書の第1話「Open the curtain」では、ITベンチャーの社長・神藤瑛一の家を、空木という青年が訪れる。神藤は旧友のAI研究者・薬師から空木を紹介されたのだ。空木はエキシマというロボットを持参していたが、漆黒のラグビーボールから4本の脚が生えたようなかたちのそれは、神藤には軍事用ロボットのように見えた……。
第1話の紹介はここまでにしておくけれども、この話だけ取り出しても、短篇ミステリとしての完成度は高い。だが、本書の本領は、ここから続く連作短篇集としての構成だ。
ネタばらしにならないよう少々ぼかして説明すれば、エキシマは書籍タイトルから推測できる通り、推理能力を持つAI探偵だ。ただし、エキシマは流暢に喋るわけではなく、極端に凝縮された単語の羅列でしか話さない。それを常人にも理解できるように、ロジカルかつわかりやすい推理に置き換えて語るのが助手である空木の役割なのだが、彼がエキシマの代わりに推理を披露するのには別の理由もある。空木や、第2話「Lost and found」から彼の記録係として登場する真砂実沙は、エキシマが殺人犯の正体に辿りついた時に起きる最悪の事態を阻止するため奔走を余儀なくされるのである。各篇で起こる事件の犯人当てと同時に、エキシマがどういう原理で動く存在なのかという謎も推理の対象であり、それがスリルを高めている。
各篇はそれぞれミステリとしての完成度が高いが、本書は明らかに、連作短篇集としての構成によって面白さが数倍に膨らむタイプのミステリであり、最終話「Just a machine」での畳みかけるようなどんでん返しの果ての鮮やかすぎる着地には息を吞むしかない。また、著者はちょっと癖のある文章を書く作家だが、本書は今までで最も読みやすい。著者の現時点での最高傑作として強く推す。
評者=千街晶之