採れたて本!【デビュー#28】

宝島社の第23回『このミステリーがすごい!』大賞は、ひと足早く四六判で刊行されて年明けからベストセラーになっている土屋うさぎ『謎の香りはパン屋から』が大賞を受賞。松下龍之介『一次元の挿し木』と香坂鮪『どうせそろそろ死ぬんだし』の2作が文庫グランプリを獲得した。
この3作の中で、本格ミステリ的にもっとも意欲的なチャレンジを試みているのが、今回紹介する『どうせそろそろ死ぬんだし』。
「どうせそろそろ死ぬはずの人間をなぜわざわざ殺す必要があるのか?」という魅惑的な謎を看板に掲げ、風変わりな館ミステリ(とくに閉ざされてはいないクローズド・サークルもの)を展開する。
麻耶雄嵩が本書の帯に寄せたコメントにいわく、「最初から最後までずっと罠ばかり。最大の罠は作風そのものかも」。この警告を念頭に置いて、眉に唾して読みはじめたとしても、真相を見破るのは至難の業だろう。
最初に登場する語り手は、七隈探偵事務所の所長をつとめる元刑事の私立探偵・七隈昴。
さまざまな病で余命宣告された患者たちが集まる親睦サークル〈かげろうの会〉の交流会に招かれた七隈が、運転手兼荷物持ちの助手・薬院律(研修医を休職中)を伴い、会長の茶山恭一(医師)が所有する山奥の別荘〝夜鳴荘〟に赴くところから小説は幕を開ける。
交流会に招待されたのは、いまはとりあえず病状を抑えているものの、いつ死んでもおかしくない病人ばかり。1日目は平穏無事に過ぎるが、2日目の朝に異変が起こる。メンバーのひとりで、ジャーナリストの賀茂慶太(喉頭癌患者)が部屋から出てこない。ようすを見にいった茶山会長の叫び声を聞いて駆けつけると、ベッドに横たわった賀茂はぴくりとも動かない。
「ご臨終です」賀茂の体を調べた茶山がそう宣告する。もうひとりの医師、次郎丸誠もそれを確認。二人がかりで検案するが、賀茂の死に不審な点は見当たらないと言う。病死なら警察を呼ぶ必要はない。だが、もし殺人だとすれば、犯人はどうやって、なんのために、どうせもうすぐ死ぬ被害者を殺したのか?
山奥の別荘で死体が転がっているのに電話一本ですぐに警察が呼べるとか、それなのに病死の疑いが強く、異状死とは言えないので警察に連絡する必要がないとか、日常的には当たり前の状況でありながら、本格ミステリ的には異常な状況に見えるという転倒がおもしろい。
そもそも、探偵の視点から助手の行動や推理が語られるというスタイルも転倒しているし、いろんな意味で本格ミステリに対する皮肉が効いている。さらに、七隈探偵がこれまでに解決した数々の難事件というのが、実は『如月家愛猫失踪事件』とか『卯月家愛カメレオン失踪事件』とか、ペット捜しに限定されたものだったことが明らかになり、その武勇伝を探偵が会員たちにとくとくと語る場面があったりして、微妙にコミカルな要素を交えつつ物語は進んでいく。
そして全体の3分の2を過ぎたあたり、3日目の朝になってふたたび「ご臨終です」という茶山医師の声が響き、小説は驚くべき展開を迎えるのだが、これについては読んでのお楽しみ。
あらためて読み直してみると、実に周到に大小さまざまな罠が仕掛けられていることがわかる。いや、だとしても、これだけ綿密に罠を張れるなら、そもそも第一の殺人を防ぐ手立てがあったんじゃないかとか、あらぬ疑問も湧いてくるのだが、これだけ挑戦的な本格ミステリもなかなかないだろう。星の数ほど書かれてきた館ミステリに新風を吹き込むデビュー作だ。
評者=大森 望