田口幹人「読書の時間 ─未来読書研究所日記─」第29回

「すべてのまちに本屋を」
本と読者の未来のために、奔走する日々を綴るエッセイ
前回の連載第28回において、「次回から書店・出版業界キーマンへのインタビューを織り交ぜていきたい」とお伝えした通り、さっそく今回からインタビュー記事を書かせていただいた。変化を好まない「大きな出版業界」の中にも、これまでの書店・出版業界の商習慣に縛られず、業界の変革に取り組んでいる方々がたくさんいる。その活動をご紹介、というよりも、その動きに至るまでの背景と狙いをご紹介することができたらと思っている。
書店・出版業界キーマンへのインタビュー、記念すべき1回目は、物流・印刷のパートナー企業と連携し、書店のネット通販や客注・取り寄せ流通などをサポートする「出版流通DXプラットフォーム」や、ネガ/ポジフィルム、底本スキャンのAI⾼解像度データ化サービス「Akashic Records」などを提供するセルン株式会社代表取締役(CEO)の豊川竜也氏にお話をうかがってきた。
出版流通を「⾃由化」する
──あらためまして、インタビュアーの田口です。
必要な時に、必要な分だけ「売れる、作れる、届けられる」POD(プリント・オン・デマンド※)を活用した出版流通の可能性を僕に教えてくださった豊川さんに、このような機会をいただけて光栄です。
最初にお話をうかがったのは何年前になるでしょうか。その間、豊川さんは一貫して製造と物流の強みを活かしたサプライチェーンの構築の必要性を訴えていらっしゃいました。まずは、そこに至るまでの経緯を教えてください。
豊川
私は、出版物流会社の株式会社ニューブックの2代目で、物流アウトソースのITスタートアップである株式会社オープンロジに共同創業者として参画してきました。オープンロジが軌道に乗り、次の展開を思案している中で、ニューブックとして先代から長きにわたりお世話になってきた出版業界の現状を学ぶ機会を得ました。
戦後、⽇本の出版業界は再販売価格維持制度+委託販売制度の恩恵により、安価かつ多種多様な出版物を全国の読者に届け、⽇本国⺠の知識の維持・向上に寄与し、出版物の⼤衆化を実現、世界でも類をみない「豊かな出版⽂化」を築きあげてきました。
しかしながら、この制度は、書店流通の縮⼩、デジタル化の推進、グローバルサービスの台頭により、まさに今、存亡の危機に瀕している状況であることを知り、このままでは、未来の⼦どもたちに、⽇本の素晴らしい⽂化、知識、感動を届けることができなくなってしまうかもしれないという強い危機感を持ちました。
それが、セルン株式会社を立ち上げ、再び出版業界向けビジネスに取り組むきっかけとなりました。
──現在の出版流通が置かれている状況について強い危機感をお持ちになったと。具体的にはどこが課題であり、どのような対策が必要であると認識されましたか。
豊川
現在、コンテンツの⼤衆化はすでに実現されました。それにより多くの読者が、出版物を同等に享受することが可能ですが、⼀⽅でその流れは出版社から読者・消費者に降りてきて広く普及するものであり、⼤量製造、⼤量頒布は変わらず、返品率も⾼⽌まりのまま、読者の趣味趣向が多様化した市場の中ではビジネスモデルの限界に来ているのでは、と感じました。
だからこそ、私たちはもう⼀歩踏み込んで、出版物の「⺠主化」を⽬指そうと考えました。誰もが公平な機会のもと、新しい価値を⾃らの⼼と⾝体で創造する。先⼈が築き上げた出版の伝統を踏襲しつつも、新しい時代の変化に対応し、読み⼿、作り⼿、売り⼿、出版に関わるすべての⼈がより幸福になる市場を創り出したい、と。
更に、デジタルとフィジカルを融合し、⼈種も⾔語も国境も超えて、作り⼿と読み⼿がつながるプラットフォームを構築し、コンテンツの⼒で世界をつなげるサスティナブルな社会を実現したいと願っています。 必要な時に、必要な形で、必要な分だけ、誰もがコンテンツを創造し、享受できる時代を守るため、未来の⼦どもたちに多種多様な作品、知識と感動を届けるために、出版流通を「⾃由化」したいと考えています。
著者・出版社、取次、書店、印刷会社。
出版に関わるすべての人にご利用いただけるサービスを提供したい
──出版の伝統を踏襲しつつも、新しい時代の変化に対応し、読み⼿、作り⼿、売り⼿、出版に関わるすべての⼈がより幸福な市場を創るためには何が必要だと考えていらっしゃいますか。
豊川
出版業界のこれまでを否定するつもりはまったくありませんが、業界のしがらみを整理し、仕⼊格差をなくし、リスクなく、読者が欲しい時に、いつでも誰でも簡単に1冊から製造、販売し、届けることができる世界こそが、本にとっても、読者・消費者にとっても幸福な市場なのではないかと考えています。
セルンはこれまで、出版社に向けて、極小ロット製造のPODからオフセット印刷までの製造、そして通販の物流サービス、出版物のデジタル化などのソリューションを提供してきましたが、こうしたノウハウを生かした書店向けの「EC×POD×物流」を組み合わせて提供する準備を進めています。
──具体的にはどのようなサービスを提供する準備をしているのですか。可能な範囲でとなってしまうところですが、より具体的に教えていただけますでしょうか。
豊川
現在、5つのサービスを提供、または提供する準備をしています。ネット書店を開設できるECプラットフォーム「BOOKSTORES.jp」、1冊から印刷製本できるPODサービス「BOOKSMAKER.jp」、高品質・低価格の物流「BOOKSLOGI.jp」、ネガ/ポジフィルム、底本スキャンによるAI高解像度デジタルデータ化サービス「Akashic Records」、そして今年5月には出版物を仕入れて販売できるBtoB卸売マーケットプレイス「BOOKSBANK.jp」をリリース予定です。
これらのソリューションは、単体でも活用いただくことが可能ですが、必要に応じて組み合わせて提供できるのが強みだと考えています。
身近な書店の相次ぐ閉店、コンビニの販売も激減し、消費者の購買動向の変化に伴い、ネット書店による品揃えと利便性によりECに流れる読者を止める手段がないという状況下、Amazon ⼀極集中に対する不安を、販売チャネルを増やすことで解決したいと考え構築した「BOOKSTORES.jp」は、ECプラットフォーム「Shopify(ショッピファイ)」を活用してオンラインショップを構築します。サイト立ち上げの初期費用はカスタマイズがなければ無料で、ランニングコストは Shopify のベーシック月額利用料4,850円。商品を販売した際の手数料は決済手数料込みで販売価格の10%(月間売上100万円以上なら8%)と低水準に抑えています。
これまで本を扱ったことがない異業種にも提供していく予定であり、すでに多くのお問い合わせをいただいています。また、全国に展開する大手書店に対して昨年12月から客注品や外商向けの取り寄せ流通の受託を始め、今年3月からネットストアの物流などバックヤード業務も開始するなど、規模の大小、書店、異業種問わず、本の販売チャネルを増やしていきたいと思っています。
──異業種が参入しやすくなることは僕も大歓迎です。近年、小規模書店もたくさん生まれていますが、同じぐらい多いのが自社のECサイトで本を販売したいという相談です。これまで通り仕入れ、検品・梱包し、請求管理までを個店がすると、かなりの工数がかかってしまい、なかなか続かないという例がありました。また、送料で大手EC書店には勝てないという問題も。「BOOKSTORES.jp」はどのような対策をしているのでしょうか。
豊川
そこは、セルンがもっとも強みを発揮できると考えています。物流サービスの「BOOKSLOGI.jp」はオープンロジで培ったノウハウを生かし、複数の物流会社と連携することで全国一律238円/個口からと安価な送料での提供を実現することができます。
すでに大手ネット通販サイトに出店している書店もありますが、利益率は低く、中小書店であっても自社でECサイトを開設するメリットはあると感じています。しかし、中堅、小規模書店がそれぞれ自前でECサービスを立ち上げ、運営し続けることは難しいのも事実です。セルンが、低コストでECサイトを開設できて、宅配物流、代金収納代行などバックヤードもセットで提供することで、日本のあちこちで、目利きや仕入れの力、発信力があれば中小規模の書店でもECによって全国に顧客を広げることができるのではないかと考えています。
また、異業種の皆さんには、それぞれの商売の顧客属性に合わせた商品展開をすることで、書籍というプラス α の商材を販売する術を提供することができます。
「BOOKSTORES.jp」は、この後さらに進化していく予定ですが、まずはいただいている声をしっかりと形にしていきたいですね。
──本の売上の減少と同じく材料費・人件費の高騰による印刷、物流コストの⾼騰が出版業界にも大きな影響を及ぼしていますね。
豊川
そうなんです。売上の減少による重版サイクルの長期化に加え、印刷、物流コストの⾼騰により気軽に重版をかけられないという事態が顕著になってきています。読者・消費者の目に触れる機会が奪われてしまっていると言ってもいい。新刊で動きがなければ売れない本となって静かに消えていく本がたくさんあります。しかし、発売日は出版社と著者の事情で決められたものであり、読者・消費者が読みたい旬とイコールではない。発売から一定期間の初速の動きだけで本の可能性を摘んでしまうので、本にも失礼なのではないでしょうか。
であれば、「1冊からオン・デマンド印刷、国内外で在庫レス流通」が可能になれば、品切れの無い世界を創れるのではないかと考え、「BOOKSMAKER.jp」を提供しています。「BOOKSMAKER.jp」は複数印刷会社とのアライアンスで、1冊から100冊までは「Book of One」、100冊から1000冊までは「デジタルショートラン」、1000冊以上は「オフセット印刷」と、あらゆるニーズに対応する体制を構築しており、出版という息の長い商いを取り戻したいと考えています。
──僕、前回の連載の中で、「生まれ育った地域の書店が好きだけど、遠くてなかなか足を運ぶことができない書店を応援するふるさとEC書店のようなインフラってできないの?」という夢を書いたんですよね。「BOOKSTORES.jp」を活用することで、実現可能なのでは? とお話を聞いていて思ったのですが。
豊川
経済産業省の書店振興プロジェクトについては注視しているのですが、残念ながら既存のネット通販の規制をという、業界的には後ろ向きの意見を目にしました。そうではなく、規模の大小を問わず、大手EC書店と同じ規模の在庫を持ち、同じ条件で地元の書店で本を通販で買えるプラットフォームを構築しましょうよ、となった方がいいですよ。それがふるさとEC書店となるなら、「BOOKSTORES.jp」を活用することで実現可能です。
──ほんとですか! やりましょやりましょ!
豊川
ただ、経済産業省が活用を推進しているIT導入補助金は、受発注システムと決済システムの構築には活用できても、ECサイト構築には使用できないんですよ。書店振興プロジェクトというなら、そこは後押ししてほしいですよね。
──他にもたくさんお聞きしたいことがあるのですが、スペースの関係上、またの機会とさせてください。
で、とりあえずその先はお酒飲みながら話をしましょうか。
と、この後二人で居酒屋に向かい、より濃いお話をうかがった。
その内容は、またの機会に。
久しぶりに前向きなお話をうかがえたことに感謝。
田口幹人(たぐち・みきと)
1973年岩手県生まれ。盛岡市の「第一書店」勤務を経て、実家の「まりや書店」を継ぐ。同店を閉じた後、盛岡市の「さわや書店」に入社、同社フェザン店統括店長に。地域の中にいかに本を根づかせるかをテーマに活動し話題となる。2019年に退社、合同会社 未来読書研究所の代表に。楽天ブックスネットワークの提供する少部数卸売サービス「Foyer」を手掛ける。著書に『まちの本屋』(ポプラ社)など。