◎編集者コラム◎ 『香港警察東京分室』月村了衛
◎編集者コラム◎
『香港警察東京分室』月村了衛

インタビューやエッセイでもたびたび触れておられましたが、本作は、タイトルから生まれ、育ち、大きく花開いた作品です。いつだったか、月村了衛さんと小学館の編集担当数名とで会食をしていた折に、「じつは、以前に考えていた作品があって……」と口にされたのが『香港警察東京分室』というタイトルでした。
ところで、良いタイトルには作品の要素が集約されている、という私の持論があります(あくまで持論です)。目にとまりやすく、イメージが広がりやすく、どんな物語が展開するのだろう、とワクワクさせてくれるタイトル。もともと月村さんの作品には、そういったものが多いのですが(『機龍警察』しかり『欺す衆生』しかり『虚の伽藍』しかり)、『香港警察東京分室』という言葉を耳にしたわれわれ編集者達の食いつきぶりたるや、類を見ないものでした。「めっちゃ面白そう!」「これは読みたい」「そのタイトル、いただきたいです!!」。プロットもまだなかったのに、執筆をお約束いただいたのでした。
「香港警察」という言葉の持つ、往年のアクション映画の興奮を思い出させる熱量。そして「東京分室」というその熱量が自分の近くに迫り来る期待。しかし、いざ執筆にとりかかっていただいた2022年、既に香港情勢は民主化運動などを経て、かつての自由と熱を奪われてしまっていたのでした。連載中には中国の警察機関が非合法の海外拠点を展開していることが報道されるなど、リアルタイムで情勢は深刻化していきます。『香港警察東京分室』では、香港警察のメンバー5人が来日し、日本の警察官5名と協力して捜査にあたります。かつての香港を知っている彼らが、東アジアの大きく深いうねりに巻き込まれ、警察官としての矜持を失わずに市民のために戦う。香港映画もかくやというアクションシーン満載の本作ですが、彼らが戦うその根幹にあるものを、月村さんは現実から目をそらさずに描いていらっしゃいます。そして、これは香港だけの出来事ではなく、日本にもすでに起きていることである、とも。
文庫化にあたり、ジャーナリストの小川善照さんに最新の香港情勢を解説いただきました。ご自身も香港に入国拒否されたことがある小川さんの体験談は、本作のリアリティを保証するものです。ぜひ併せてお読みいただき、楽しんでいただいたあと、私たちを取り囲む現実について、少しでも思いを馳せていただけたらと思います。
──『香港警察東京分室』担当者より