柳瀬みちる『おもいでホームクッキング』

思い出の味と卵焼き
私には、もうすぐ5歳になる子どもがいます。
彼は卵焼きが大好きで、夕飯は何を食べたいかを問えば、だいたい卵焼きか市販のミートボールの二択となります。彼にとっての「ママの味」は、今のところ卵焼きで間違いありません。
私自身、母の作る卵焼きが大好きな子どもでした。お弁当に入っていたり、夕飯に登場すると、本当に嬉しかったです。甘くてしょっぱい幸せの味。温かくても冷たくても美味しい、魔法の味。
そんな母の卵焼きもまた、祖母のレシピなのだそうです。私は母が作ってくれた卵焼きの味を目指しているので、私の子どもは会ったこともない曾祖母の味を継承しているのかもしれません。
ですが、どれほど私が努力しても、母が作ってくれたあの味にはなりません。その理由について考えた結果、恐らくお料理の「味」とは、それを食べたときの雰囲気や感情も含めてのものなのではないかと思うようになりました。たとえば、こんな記憶です。
──濃い黄色に焦げ目の入り混じる卵焼き。炊きたてのごはんからは、ほわりと湯気が立ち上る。お味噌汁のホッとする香り。たくさんのお皿が並ぶテーブル。小さな私には少し大きく感じる椅子。デザートに母が桃を剥いてくれて、冷たくちゅるんとした口当たりが楽しくて。テレビからは歓声――スポーツの中継。それさえ耳に入らないぐらい、家族でのお喋りが盛り上がる。小学校のこと、友達のこと、なんでも夢中で話していた。そんな私を見つめる両親の、温かくて優しい眼差し。
あの頃には、二度と戻ることができません。だから「あの頃食べていた母の卵焼き」だって、完璧な再現は不可能です。
だけどきっと、完璧じゃなくてもいいのです。母の味に近い卵焼きを作るとき、そして食べるときにも、小さな私と現在の私がほんの一瞬だけ同居して、あの頃の食卓に戻ることができるのですから。
いつか私の子どもが自立して、ひとりで卵焼きを作ってみたときに、ふと子ども時代のことを思い出したりするのでしょうか。実家で食べていたものと同じ味にならないことに戸惑い、あるいは親の胸中に想いを馳せたりするのでしょうか。想像するとなんだかおかしくて、不思議で、そして切なくもなります。
今日もまた、子どもから卵焼きをリクエストされています。だから私は張り切って卵焼きを作ります。チャカチャカと卵液をかき混ぜつつ、子どもの食べる顔を思い描きながら。
柳瀬みちる(やなせ・みちる)
東京都品川区出身。2015年、第1回角川文庫キャラクター小説大賞 大賞を受賞した『樫乃木美大の奇妙な住人 長原あざみ、最初の事件』でデビュー。その他の著書に『横浜元町コレクターズ・カフェ』『明日、君が花と散っても』「神保町・喫茶ソウセキ」シリーズ等がある。猫好き。

