田口幹人「読書の時間 ─未来読書研究所日記─」第39回

田口幹人「読書の時間 ─未来読書研究所日記─」

「すべてのまちに本屋を」
本と読者の未来のために、奔走する日々を綴るエッセイ


 年が明け、新しい1年が始まった。
 年始の業界団体の会合では、「トラック新法」(トラック適正化二法)の出版物流に対する影響についての話題がもっとも多かった。
 昨年末、日本書店商業組合連合会の出版販売年末懇親会において、「トラック新法が施行されると、出版配送運賃は現状の約2倍になる可能性がある」と日本出版取次協会の近藤敏貴会長が具体的な数字を挙げ、このままでは配送を維持することが困難になるだけでなく、書店が負担する返品運賃も大幅に上がるため、書店経営にも大きな影響を及ぼす可能性があるとし、運賃・料金の適正原価の義務化に危機感を示した。

 出版物の販売価格は、印刷用紙、燃料費、人件費や物流コストの高騰、円安や販売部数の減少などが要因となり上昇している。書籍はこの5年間で1割ほど、雑誌は2割ほど上昇しているが、出版社は買い控えにつながる可能性を苦慮し、大幅な値上げに踏み切れない状況が続いている。
 なかなか売上の回復が見込めない出版不況下においても、全国各地に隈無く出版物を届けてきた物流を支えてきたのは、取次が大量の出版物をまとめて書店へ効率よく配送することで実現した出版物流特有の低い運賃だった。
 委託販売制により、売れ残った本は取次を通じて出版社に返品されるため、書店からの返品に掛かる送料も低い運賃で運ばれてきたことは、低い利益率(新刊販売の粗利は約20~23%)という厳しい環境下での書店運営の下支えをしてきたと言ってもいい。それを踏まえると、トラック新法の影響が、出版社・取次からの書店への送品だけではなく、書店から取次・出版社への返品にも大きな影を落とすことになる。

 トラック新法とは、2025年6月4日に 参議院で可決・成立した「貨物自動車運送事業法の一部を改正する法律」と「貨物自動車運送事業の適正化のための体制の整備等の推進に関する法律」を指しており、段階的に施行されることになっている。

 以下、主な改正内容と目安とされている施行時期である。

①  2026年中を目安に再委託の回数規制(努力義務)
②  2028年を目安に施行されるトラック運送事業の許可が5年ごとに更新される5年更新制の導入
③ 2028年を目安に事業者(荷主側も含む)に改善を求める適正原価を下回らない運賃・料金の収受義務化
④ 2028年を目安にドライバーの処遇改善義務化

 いずれも、長時間労働の是正とドライバー不足を背景とした物流「2024年問題」への対応であり、多重下請け構造による不透明な取引や過度な運賃切り下げを是正し、労働条件と安全性を確保することで、運送事業者と荷主の関係性を透明化し、持続可能な物流インフラを守ることが目的となっている。出版物流に関しては、「③事業者(荷主側も含む)に改善を求める適正運賃・料金の収受義務化」の影響が心配される。出版物流特有の低い運賃が、どの程度まで上昇するのか。
 これは、出版物流に限った話ではなく、僕たちの生活や経済を支える物流インフラを健全に保つために必要な改正であることは重々理解している。しかし、出版物流に絞って考えると事情が変わってくる。「低い運賃」の前提であった大量生産・大量流通の持続可能性が不透明な状況になりつつあることを意味し、配送の適正化、書籍の価格設定(定価)の先の、本のつくり方と届け方の新しい仕組みをつくり、現行の出版物流と併用するなどの対応が迫られているのだろう。その際、書店のニーズに基づく発注に対して、少部数から適時製造して納品する仕組みであり、書店による選書や発注から物流・商流にいたるまで、シンプルなフローで無駄を省き、売り損じと返本を抑止していくことが重要なのではないだろうか。
 言うは易し、行うは難しなのだが。

「読書の時間 ─未来読書研究所日記─」第37回でもご紹介した、大日本印刷株式会社(以下、DNP)が提供する「Re文庫(DNP復刊支援サービス)」は、書店のニーズに基づく発注に対して、少部数から適時製造して納品する仕組みづくりにつながる動きであると感じている。
 Re文庫サービスは、重版にいたらず店頭で展開することが叶わない文庫本を、デジタル製造を活用し書店の注文に応じ復刊させ、再流通させるサービスである。店頭在庫がなく重版未定であっても、小売事業者が売れると見込む本は多数あり、店頭で展開することができさえすれば、新しい読者の元に届けることができる。品切れがなく、読者が欲しい時に欲しい本を手にすることができる環境は、読者だけではなく、書き手にも優しい世界なのではないだろうか。そんなことは理想論だとおっしゃる方もいるかもしれないが、僕はそう思っている。
 しかし、書店と出版社が直接やり取りし、都度復刊可能な本や展開する書店の売り場を確保することは、双方の負荷が高いのが現状である。その双方の負荷を軽減することを目指しているDNPの Re文庫サービスが、書店のニーズに基づく発注に応じたデジタル製造と適切な出版流通の仕組みづくりのきっかけになってほしいという強い想いに、僕は強く共感している。

 第37回では、東海地区(愛知、岐阜、三重)に〝ゆかりのある文庫〟を出版社から募り、書店が文庫復刊希望作品を選定し、復刊・販売された「ご当地文庫リバイバル作品」を紹介したが、その後の取り組みもご紹介させていただきたい。

 ■書泉 Re文庫 澁澤龍彦著『悪魔の中世』(河出書房新社)を復刊
 くわしく見る(書泉オンライン)

 株式会社書泉は、「中世への旅」シリーズの大ヒットから始まった復刊企画「書泉と、10冊」「芳林堂書店と、10冊」として、過去に出版された書籍で既に在庫がなく手に入りにくい名作を出版社と著者と協力することで重版・復刊し、もう一度読者に届けてきた。
 その書泉と Re文庫のコラボ企画として、書泉オンラインでの事前予約を募っての復刊という、店頭販売ではなく初のオンライン書店で展開された。
 第1弾は、雀聖と呼ばれた阿佐田哲也さんの全技術を公開した高等戦術書でもある『Aクラス麻雀』(双葉社)が選ばれた。書泉さんらしい選書に、「おおー!」と声を上げてしまった。そうか、それぞれの書店さんの売りたいと思う本は、その書店「らしさ」を表現することにもつながるのだ、とあらためて感じた選書だった。
 その第2弾として復刊された澁澤龍彦著『悪魔の中世』(河出書房新社)は、ECでの販売ということもあり、書泉から発信された情報が全国にいらっしゃる澁澤龍彦ファンに届き、1ヶ月を待たず総販売数が1,300冊を販売するに至った。本には欲しいと思う読者がいるのだ。そのニーズをどのように把握し、そこにどのように情報を届けるか、ここがそれぞれの書店の腕の見せどころなのだろう。
 第5弾で復刊する文庫は、第2弾に続き澁澤龍彦作品の『サド侯爵 あるいは城と牢獄』(3月11日発売予定、河出書房新社)である。書籍のみの『通常版』の販売だけでなく、前回の復刊の際に『悪魔の中世 有償特典』として「澁澤龍彦氏アクリルスタンド」を作成したところ大好評で、今回の復刊では別写真を使った『有償特典同梱版』を作成するなど、よりオリジナル感が打ち出された展開となっている。
 今後、Re文庫の幅が広がったのではないだろうか。書泉さんの今後の展開にも注目していきたい。

 全国に75店舗を展開する文教堂でも Re文庫サービスを活用し、全店を挙げて全力でプッシュする作品を復刊させた。その作品は、貫井徳郎著『壁の男』(文藝春秋)である。
 文教堂のHPには、以下のようなコメントが添えられている。

復刊を願った文教堂スタッフのコメント

 
『私は貫井さんの作品を読んで書店員になりました!』
大学生の時に貫井さんの『慟哭』に出会い、読み終えた時に受けた衝撃は今でも忘れません。
その私がこうして貫井さんの『壁の男』の復刊に携われた事に運命的な物を感じます。
この作品は主人公の壁の男がなぜ町中に絵を書き続けるか? という話です。
1章で受ける印象とがらりと変わる2章の展開。
時系列もバラバラに話は進みますがそれにも意味があります。
途中に感じる違和感にも意味があります。
最終章の事を思い出すだけで今でも胸がいっぱいになります。
壁の男はもちろん実存しませんが、いつか栃木まで絵を見に行きたいです。
壁の男が頑張ってるなら自分も頑張ろうと生きる活力が湧いてくる、そんな作品だと思います。

 驚いたことに、復刊直後は、並み居る新刊や話題書がある中、文教堂全店の文庫週間売上でベスト10にランクインしていた。SNSで各店の展開写真も拝見したが、力の入り方が違うのを感じることができた。各店の書店員の熱量は、お客さまに伝わっているのだろう。

 書店の「らしさ」を追求し発信すること、売りたい・読んでほしいという熱量をお客さまに伝える術と、それにつながる、お客さまとの信頼関係の構築を目のあたりにし、書泉や文教堂の取り組みに学ぶことがたくさんある。

 書店のニーズに基づく発注に対して、少部数から適時製造して納品する仕組みづくりは、取次や出版社の話ではなく、書店がどのように生き残っていくのか、という問題と向き合うことから始まると僕は考えている。


田口幹人(たぐち・みきと)
1973年岩手県生まれ。盛岡市の「第一書店」勤務を経て、実家の「まりや書店」を継ぐ。同店を閉じた後、盛岡市の「さわや書店」に入社、同社フェザン店統括店長に。地域の中にいかに本を根づかせるかをテーマに活動し話題となる。2019年に退社、合同会社 未来読書研究所の代表に。楽天ブックスネットワークの提供する少部数卸売サービス「Foyer」を手掛ける。著書に『まちの本屋』(ポプラ社)など。


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