◎編集者コラム◎ 『傘のさし方がわからない』岸田奈美
◎編集者コラム◎
『傘のさし方がわからない』岸田奈美

不思議なタイトルですよね。どういうこと? と思う方も多いはず。
とある尊敬する編集者の方に「すごくいいタイトルだね」と言っていただいたことがあります。「どんなところでそう思われましたか?」と伺うと、その方が以前ご一緒された車いすユーザーの著者の方も「傘をさすのがむずかしい」と話していたのだと教えてくださいました。自分では気づかない世界があることを、この一言は想像させる。だからいいタイトルなのだ、と。
このタイトルは、車いすユーザーのお母さまの言葉を受けとめた奈美さんがすくい上げたものです。その響きは一人の家族の物語にとどまりません。日常の何気ない瞬間に潜む「できない」「困る」を、読者それぞれの現実へとひらいていく力があります。岸田さんの言葉に対する感受性の鋭さを、あらためて感じます。
本書には、思わず吹き出して笑ってしまう一篇も収められています。
人気ヘッドスパに出かけた岸田さん。店内には不思議なオブジェが並び、施術が始まれば即座に眠りに落ちる──まさに理想のヘッドマッサージ体験です。
そして、そこで見た夢が、なぜかレツゴー三匹とともに銀河鉄道に乗る、というあまりに奇想天外なもの。人の夢の話というのは、ときに退屈になりがちですが、岸田さんの手にかかるとまったく違います。細部まで可笑しく、テンポよく、読者をその不思議な旅へと連れていく。その語りの軽やかさに、何度読んでもおかしみがわいてきます。
巻末の、英文学者・小川公代さんによる解説も印象的です。奈美さんの言葉が、どのように社会へと接続されていくのかを、セルバンテスなどを引き合いに読み解く視点に、はっとさせられます。
傘をさす、という何気ない行為の向こう側に広がる、それぞれの事情や物語。笑いとやさしさを携えて、私たちの想像力を、ほんの少し遠くまで連れていってくれる一冊です。
──『傘のさし方がわからない』担当者より






